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第4話 触れたら鬼に

 普通、弟のことなんて好きにならない。弟に抱かれたいなんて思うわけがない。そんなの異常だ。普通じゃない。  だから、誰にも知られてはいけない。誰にも、気がつかれてはいけない。 「昨日、オナニーする時、俺のこと呼んでたじゃん」  一瞬で、身体中の体温が消えた気がした。 「……な、んで」 「呼んでたでしょ? カズって」  いや、体温が消えてくれないだろうかと、願ったんだ。俺の心臓が止まって欲しいと願った。 「俺のことを呼ぶってことはさ、俺がいいんだ?」  死んでしまいたいと、思った。 「俺が隣の部屋でセックスしてたことにただ興奮しただけならさ、女のほうをオカズにしたんなら、俺の名前、呼ばないでしょ?」  一番知られてはいけない、知られてしまったら、もう、人生終わり。 「ねぇ、ナオ。俺の名前を呼んだってことはさ」  家を出よう。とにかく、ちょうど親はいないんだし、このまま家を出てしまおう。司に連絡してしばらく泊まらせてもらって、それから準備をして一人で生きていこう。もうここの家族には入っちゃいけない。  もう、ここにはいられない。 「俺を抱きたかった?」 「……」 「違うの? じゃあ、さ」  もう、ここには。 「俺に、抱かれたいの?」  いられないんだから。 「ねぇ、ナオ……?」  いられないのなら。 「しようよ。ナオ」  どうせなら。 「気づいてる? ナオさ、今、しようよって俺が言ったらさ、すっごい…………エロい顔になったよ?」  どうせ、もうここにいられないのなら、一度だけ、抱いてもらえないかと、思った。  きっと、嘘だ。 「カズ、ぁの、さ」  さっき、あの飲み会で間違って酒を飲んだところからはもう全部きっと夢なんだ。 「んー? 何? あ、ナオのベッドでいい? ナオの部屋入んの久しぶり。っつうか、さっみ、服脱いだら鳥肌すげぇ。でも、エアコンはいっか。すぐに汗かくし?」  からかうように笑ってる。いや、からかってるのかも。服を脱いで、「なんてね」って冗談だと笑うかも。 「あのっ」 「何?」 「ぁ……」  全部夢なんだ。目の前にカズが裸で、俺のベッドにいるなんて。 「今日はちゃんと見るんだ?」 「え?」 「ナオ、いっつも俺が裸でいると慌てて目逸らすじゃん」  もしくはここかもしれない。はい、冗談終わりって、ここで服を持ってカズが部屋を出る。 「ナオ、おいで、脱がしてあげる」 「い、いいっ、いいって、あの、からかうならっ」 「は? 何言ってんの? っつうか、さみぃから早くこっち来てよ」  腕を引っ張られ、服の裾を持ち上げられて、大慌てでそれを阻止した。 「脱ぐの、自分でするからっ、自分でっ」 「は? なんで?」 「だって」  背が違う。体格も、肌の感じも、触れた時の肉感も、全部がまるで違う。 「女と、違う、だろ」 「……そんなのわかってるけど?」 「たっ、勃たないだろっ」  小さくできるわけでもない肩を竦めて俯いた。華奢になれるわけでもない身体をくしゃくしゃに小さく折りたためないだろうかと、着ていたシャツをぎゅっと握った。 「勃って欲しいんだ?」 「っ、そ、そういうことじゃっ」  シャツを握っていた手を掴まれて、そのまま引っ張られた掌に硬いものが触れた。 「……ぁ」  カズの。 「大丈夫だよ。もう勃ってるから」  これがカズの。 「っ、撫でないでよ。エロい」 「! ご、ごめっ」 「脱がすよ?」 「え? ちょっ」  ペニスを撫でた手をそのまま引っ張られ、ベッドに放るように、押し倒された。小さく声をあげて、二人分の重さにベッドが軋んだ。  今、俺のベッドに本当にカズがいる。 「あっ、待っ!」 「勃ってる」  下着ごと、ズボンが引きずり下ろされて、露になる自分の浅ましい欲望を見られて、顔が焼けそうに熱くなった。 「っ」 「期待してる?」 「見、見るなっ」  見たって、面白くもなんともない。お前が散々抱いてる女とは全く違うだろ。そう慌てて、曝け出された身体を隠そうとした。 「やだ。見せて、ねぇ、ナオ、俺の名前を呼びながらしてたじゃん? オナニー」 「!」 「見たい」 「は?」  けれど、欲望が羞恥を負かす。 「見せてよ」  弟が男の顔をしているのが見たいと羞恥をねじ伏せてしまう。興奮している時、セックスの時、どんな顔をしているのか、いつも想像していたそれをちゃんと見たくて、見たくて、ウズウズした。 「あっ……ン」  隣の部屋でどんなふうに女を抱いてるんだろう。激しいのかな。それとも、中学の時、グンと低くなったあの声でやらしいこととか囁くのかな。言葉で責めたりするのかな。どんな体位が好きなんだろう。バックで激しく攻める? 正常位で顔見ながらするの? 抱きかかえて、したりすんの? 「ナオ」 「あっ! ン」  セックスの時、どんな声で、名前呼んでるんだろう。 「俺の名前呼びながら、そこに指入れてたんだ?」 「あぁっ、ン」  たくさん想像していたカズがここにいる。股を開いて、指をズボズボ出し入れしている俺をじっと見つめてる。  目を細めて、眉を少ししかめて、睨みつけるような表情。男の顔だ。 「指、いつも何本入れてんの?」 「三、本」 「ホントだ。三本入ってるの気持ち良さそうな顔してる」 「あっ、ン」  尻を鷲掴みにされて、間近で指を入れてるそこを見つめられたら、喘ぎ声が零れてしまった。 「気持ちイイんだ?」 「ン」  そう、気持ちイイよ。いつもこうして、カズのがここに嵌ってるのを想像しながら抜いてた。 「エッロ」  その声で。 「ぁ、カズ……の、」 「何? 口でしてくれんの?」 「ン」  この太くて硬い。 「ンっ……んん、萎えるだろって思ったから、ぁ、ン……ふっ、嬉しい」  こんなに熱いペニスで俺を抱いてくれるとこを、何度も想像してたんだ。 「ヤバい……」 「っ……あっ」  一生懸命に口いっぱいに頬張って、割れ目の小さな鈴口から滲む苦いのを味わってた。 「ね、ナオ、下手だね、フェラ」 「っ」  したことないんだから、フェラなんて。想像したことは何度もあるけれど、実際にしたことがあるわけない。 「怒んないでよ。ナオ」  怒ったんじゃない。たくさんの女がしてきただろうから、きっと俺の下手なのなんて、退屈なんだろうって思ったんだ。 「ンっあっ……ふ」  それでもまだフェラしたくて、舌を這わせようと口を開いたら、顎をくすぐられた。そして、そのくすぐったさにたまらず口を離すと、その口の中にナオの指が入ってくる。唇を開かせて、歯をなぞって、舌を撫でられた。 「フェラ下手なナオの舌、興奮する」 「あっ」  ナオの指がよだれてで濡れてる。その指が、目の前にある硬くて、同じように俺の涎で濡れた自身のペニスを握った。握って、そこに慣れた手つきでゴムを被せていった。 「あんま見ないでよ」 「ぁ、ごめっ」  慌てて俯いた。だって、それをつけるってことは、今から、するってことだから。 「どうだった? 俺の、フェラして」 「え? あ……カズの」 「想像したことないの? オナニーの時」  あ、この表情は知っている。懐かしい。最近はこういう顔をしたとこ見たことがなかったから。  ――お兄ちゃん! ナオ兄ちゃん! 鬼ごっこしようよ!  鬼ごっこをせがむ時の顔。ワクワクしてて、楽しそうな顔。  ――いーち、にーい、さーん、し。  十、ゆっくり数えるんだ。そして、ゆっくり走って、ゆっくり手を伸ばす。いっぱいに手を伸ばしたらダメ。少し余るくらいにしないと、捕まえてしまう。捕まえたら、カズが鬼になっちゃう。  触れたら、鬼に。  ――わー! 捕まっちゃうよー!  - 「ある、よ。想像したこと、ある。カズのをフェラするとこ、想像したよ」 「へぇ……実際、してみたら、どうだった? キモい? 不味い? もうしたくない?」  捕まえたら、鬼になってしまうのに。 「嬉し、かった」 「……」 「してみたかった、から」 「興奮した?」  したよ。何度も何度も、カズのペニスの代わりに指使って慰めてたんだから、何度も何度も、抱いてもらえる女を羨んでたんだから。ずっと、カズのこと欲しかった。 「した……フェラしてるとこを想像しながら、指でしたこと何度もある」  羨ましくてたまらなかった。だから、一回だけでいいから。  ――つーかまーえた! 「何度も、あるんだ?」 「あるよ。たくさん。それで、硬くなったのを、ここに……」  たったの一度だから。この一回だけだから、どうか、と願って。 「挿れられたらって」  四つん這いになって、浅ましいくらいに俺は脚を開いて、自分の指で柔らかくした孔にカズのペニスを挿れて欲しいと手で、そこを広げた。

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