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第6話 兄弟ごっこ
夢で何度も何度も、セックスをした。
セックスの時のカズは雄っぽくて、滴る汗すら色気があって、乱れた呼吸はしっとりと濡れていた。
男、みたいだった。
見たことのない、カズだった。
快楽に溺れて、気持ち良さに堪えきれず跳ねる俺の身体をいとも簡単に組み敷いて、力強く俺の中を掻き混ぜて、声を我慢せずに啼くと嬉しそうに微笑んで、ご褒美みたいにやらしいキスをくれた。欲しい場所ばかりをペニスで突いてくれた。
低く掠れた声で名前を呼ばれるのが気持ち良かった。
その声に何度もイかされた。いつもの夢よりもすごかった。今日のは特別、生々しくて熱っぽくて。
「!」
すごくいやらしいセックスの夢を見た。
「あ、起きた? そろそろ起こそうと思ってたんだ」
「……あ……え、っと」
飛び起きたらカズが、上半身裸で、スマホで動画見ながら、俺のベッドの端に座ってた。
カズは裸で。
俺は……。
服を着てた。夢……の中で、何度もイかされて、トロットロになったはずのシーツは綺麗になってた。
「あの……」
でも、中にいるみたいに感じる。
カズとセックスした余韻が、ある。
「意識飛ばすからビビった」
「! あのっ、俺っ」
「……何?」
中に、いるみたいに、まだ感じてる。
「俺ら、した?」
「……何を?」
血の繋がった兄弟で。
「……その」
「したよ。セックス」
「っ!」
兄弟でそんなこと、しない。普通、そんなこと、しない。
「カズっ、したって、なんでっ」
「身体拭いたけど、それでもベトベトするようなら風呂入って」
「そうじゃなくてっ、カズっ」
「んー? なぁ、この動画見たことある? すっげぇ面白いんだ」
「カズっ! 話聞けよっ」
「……」
差し出された片方だけのワイヤレスイヤホン。そこから漏れる音はとても小さいはずなのに、一瞬の無言の中だと、その漏れた音、音声が何を言っているのかもわかるくらい。
「…………っぷ、すげぇ」
「な、何?」
何が?
「ナオの髪、ぼっさぼさ」
「!」
慌てて、頭を撫でると、横のところが跳ねている。
服を着せてくれたんだ。俺は、何度目かの射精の後、アルコールのせいもあるんだと思う。意識飛んでた。
「それと、俺、盛りすぎだろ。ナオの身体、すごいことになってる」
「え?」
「ナオ、しばらく風呂とか気をつけて? ここさ……他よりすごいから」
「っ、っん」
着せてくれた服越しにカズの指が、ひどく敏感になっている乳首を押して、思わず、吐息混じりの鼻にかかった甘い声が零れた。
「首んとこは少しだけど、こっちはマジですごいつけたからさ……キスマーク」
その単語だけ、何か別の熱を染み込ませたように低い声で、耳元で聞かされた。セックスの最中、イク時だけ聞けた掠れた声をまた中に流し込むように囁かれて、ぞくりとした。身体の奥のとこ、自分の指じゃ触れたことのない深いところ。初めて感じた快感だった。カズのしか届かないところだったから。
「乳首、エロかったね」
「!」
「すげぇ、ナオの中が締まって、気持ちよかった」
「っ」
熱を帯びた声。低い声で囁く度に上下する喉仏が、射精の瞬間、ごくりと何かを飲み込んだのを、抱かれながら見上げてたんだ。色っぽかった。
カズが俺の中で気持ち良くなってるって、すごく感じた。ゾクゾクして、もっと奥までひどいくらいにめちゃくちゃにされたくて――。
「またしたくなった?」
「!」
「して欲しそうな顔してる。ナオ、エロすぎ」
めちゃくちゃにされたくなる。
「やば……」
ゆっくり、首を傾げるカズの、その唇に触れたくなる。キスをして、舌を絡めて、奥までいっぱいに突かれたくて。
「ダ、ダメ」
「……」
その唇が俺に触れてしまわないように、もっと抱いて欲しいと、欲を起こしてしまわないように、両手でカズの口元を覆った。
「……ダメ」
この手が邪魔だと、目を細め睨みつけるカズから目を逸らした瞬間、掌を舐められ、慌てた隙にベッドに両手を押し付けられた。
「……今更じゃね?」
「っダメだ。忘れてくれ。犬にでも噛まれたと思って」
「は?」
「い、一回だけで充分だから」
「はぁ? 何、犬って。それに、一回じゃねぇし、今晩、何度したと思ってんの? つうか、一回でいいとか。何それ。俺に抱かれたくてオナニーしまくってたじゃん。俺は、ナオのことっ」
「ダメだっ!」
触れたら鬼に。
「……何? ダメって、もう、セックスしたんだから、その時点で、ダメだろ」
「これは、いいんだよ! 俺がしたかったんだからっ、カズとしたかったから」
「……は?」
「カズは、ダメなんだよ」
弟が好き、なんて可愛いもんじゃないんだ。これは。
「ナオは、いいわけ?」
弟を俺のものにしたい、なんて、気持ち悪いだろ?
しゃぶりついて、咥え込んで、俺の身体の中に全部欲しいなんて、ゾッとするだろ?
これはそういう部類の感情なんだ。
「カズのこと、大事なんだ」
相反する二つにぐちゃぐちゃになりそうになる。大事にしたいのに、大事な弟なのに、その弟を一番持ってはならない感情でドロドロに汚してしまう。
「……ふざけんな」
汚くなんてしたくないのに。
「……じゃあ、さ」
大事な、家族なのに。俺のこの気持ちがどこかで零れてしまったら、その瞬間家族が壊れるんだ。
「俺がそんなに大事?」
そんなのダメだろ。大事なんだよ。ずっと一緒にいた兄弟なんだから。
「じゃあ、その大事な弟の我儘聞いてよ」
「……」
「家を出ない。明日からはオナニー禁止。そんで、俺のセックスの相手をして?」
「は? 何を」
「イヤなら、そろそろ帰ってくる母さんに全部言う」
「なっ」
ベッドに押し付けられたまま、身動き一つできない。
「剣道やめてから筋力落ちたんじゃね? ナオ」
「っ」
「このまんま、犯してあげる。母さんが帰ってきても」
「なっ」
「イヤだったら、家を出てくとかバカなこと考えんなよ。あんた、クソ真面目だから絶対にそういうとこ極端なんだよ」
「ただーいまー」
母さんだ。
母さんが飲み会から帰って来たんだ。
(ナイスタイミング)
母さんが帰って来たのにっ。
身体を重ねるように顔を寄せたカズがこっそりとそう耳打ちをした。
(どうする? ナオ?)
このままじゃ。
(俺はいいよ。知られて、二人で勘当でもされて、ちょうど大歓迎)
「なっ!」
シー。
唇を尖らせて、まるでかくれんぼを楽しむ子どもみたいにカズが笑った。
「あれ? 洗濯物? 直紀―! 和紀―!」
(どうする?)
「おーい、洗濯物、終わってるみたいだけどー! 自分たちで干しなさいよー!」
(ナオ?)
来ちゃう。母さんが、来てここに入って来てしまう。上半身裸の弟が下半身裸の兄を組み敷いているところを。
(ナーオ?)
(っ、する、約束、家、出てかないからっ)
ふわりと、満足気にカズが微笑んだ。
「おかえりー」
そう大きな声で元気に返事をした。ベッドの端から立ち上がり。足元に合った服を着ながら部屋を出ると、スタスタと歩いて階段のところから階下へと顔を出す。俺の部屋はちょうどベッドから真っ直ぐ、扉、廊下が繋がっていて、扉を開いたままだと全部見えるんだ。
「ちょうどだったね。帰ってくんの」
「んー」
何もなかったみたいに、いつもどおりに下にいる母さんに話しかけてる。笑顔で、楽しそうに。
そして、下へと階段をゆっくり下りる時、こっちへ振り返ると、そっと、自分の唇の前で人差し指を一本立てた。内緒の話を隠すように、悪戯を楽しむ子どもみたいな顔をして笑って。
「洗濯物、俺」
「あら、珍しい。直紀だと思った。直紀は部屋?」
「んー、たぶん。知らないけど。寝てんじゃね?」
「ふーん」
カズの声が段々と小さくなっていって、母さんと同じくらいに遠くから、二人の普段と変わらない会話が聞こえてきた。
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