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第7話 昨日、弟とセックスをした。
昨日、弟とセックスを、した――。
「…………」
ずっと、抱いて欲しいと思っていた弟に、抱かれた。
「……噛み痕まである」
朝、目が覚めて、スマホのカメラで自分の姿を見る、弟のつけたキスマークが服の襟口からチラリと見えた。
だから今度は洗面所で服を捲って確かめた。
――首んとこは少しだけど、こっちはマジですごいつけたからさ
そう言ってたから。本当にあっちにもこっちにも残ってる。
「激しすぎ……」
この赤いとこ全部にカズの唇が触れた。
「……」
「おーい、ママもそろそろ身支度整えたいんですけどー」
「! は、はいっ! ご、ごめん」
心臓が、マジで飛び出るかと思った。慌てて捲り上げていた服を引っ張って、洗面所の扉を開けると、母さんが俺を見上げた。
「静かだから、どうしたのかと思った。あんた、くせっ毛ってほどでもないのにね。ずいぶん大胆な寝相だったのね」
「?」
「寝癖、すごいわ」
キスマークに気をとられてた。昨日、カズにも言われたっけ。カズにも……。
「あ、母さん、カズは?」
どんな顔しよ。普段って、どんな顔してたっけ。話しとか、どんなのしてたっけ。
「あー、剣道の朝稽古に出るって言ってたわよ」
「……」
どんな顔すればいいのかって困ったけど、でも、顔、見れなかったら、なんか急に顔が見たくて。
「……そっか」
「大会終わったばっかりだから、出ないと思ったけど、どうしたのかしらね」
カズの唇が触れた首筋を自然と手で撫でていた。
もしかして、カズも俺と顔合わせるのに戸惑っての朝稽古とか?
いや、それはないわ。
あいつ、そういうのしれっとした顔でやりすごすから。だってそもそも親がいない時に女子連れ込んでも、全然、バレないし。帰ってきた親に普通の顔で話しかけるし。
「……」
カズが連れ込んでた子、全員じゃないけど見たことは何人かある。可愛かった。モテそうな子ばかりだった。それなのに。
「……なんで」
俺なんか。
――俺は、ナオのことっ!
「なんでだよぉ」
「! 司」
びっくりした。突然、隣にどかっと座られて誰かと思った。
「なんでお前、スマホ持ち歩かないんだよぉ。携帯しろよぉ」
別学科の生徒のはずなんだけど。
普通に講室の長テーブルに突っ伏して、別学科のくせに気にもせずにぶーたれてる。
「お前が帰ったから、二次会なくなっちゃっただろー。おごれ。何かしらおごれ。もう、今日はこれで講義ないだろうがっ」
「……なんで俺がお前におごるんだ。それに、二次会はそもそも行く気なかったよ」
バーで個人的に行われた新入生会は一次会でお開きとなったらしい。一晩ほったらかしになっていたスマホに何度か司から連絡が入ってきてた。間違えて一気飲みした酒のせいで気分が悪くなった俺を心配してくれたらしく、二次会の雰囲気にはならなかったんだそうだ。
「でも、まぁ、お前のマイペースって今に始まったことじゃないしな」
「……」
「けど、そのせいで、俺、狙っちゃおうと思ってた子と親密になれなかったじゃんか!」
「……」
「あ、何その、信じてないっていう顔」
「それ、俺のせいじゃなくて、お前が白い服にケチャップつけてるからだろ」
「トマトソースだよ!」
どっちだって同じだろ。そう反論するとそういう問題じゃなくてとまた突っ伏した。
「ったくさ、顔がいいくせに、お前、愛想が悪いんだよ」
「別に好かれたいと思ってないから、かまわない。ここには勉強しに来てるんだから」
「そういうことは一流大学で言えよぅ。っていうか、お前はさぁ、じゃあさぁ、誰になら愛想良いわけ? 誰にだったら好かれたいんだよぉ。つうか、あの可愛い子たちの中に好みいないって、どんだけええええ?」
――俺がそんなに大事?
「あんなに可愛い子にくっつか……ぁ?」
「っ」
いきなり思い浮かんでしまった。昨日の、カズの顔を。
「ああああああ! おまっ、おま、おまっなに、その赤い顔!」
「うるさい、司」
好かれたい子、って言われて思い浮かんだのは、カズの顔だった。
そういうの思ったことないんだ。だって、希望なんてほんの砂粒ほどだって持てなかったから。だから、そんなこと、好かれたいとかこれっぽっちも考えたことなかったのに。
「っ」
思ってしまったなんて。
だって、朝からいないし。
昨日の今日なのに、顔見てないから、なんか、やっぱり夢だったんじゃないかって思えてくる。でも、夢なら夢でいいだろ。そもそも叶うなんて、砂粒ほども思ったことのない。いや、叶ったらいけない、実現なんてしちゃいけない願望なんだから、夢でいいんだってば。そう諭す自分と。
けど、夢じゃなくて、本当だったじゃんって。
身体に残ってるじゃんって。
――そんで、俺のセックスの相手をして?
そう言って俺を組み伏せて、勘当されるのも良いかもと本物のカズが言ってただろって胸を高鳴らせる自分もいて。
「おい! ナオっ!」
「だから、うるさいって」
「だってだって」
「お前、自分の学科に戻れよ。っていうか、電話」
「んだよぉ」
頭の中がずっとカズでいっぱいなんだ。
「!」
そのカズからだった。携帯番号なら知ってる。緊急用に。けど連絡は取り合ったことがなかった。ただの一度も。
兄弟だから、しかも、不埒な願望を身体の内側にたんまり溜め込んだいけない兄の俺は、弟との距離を見誤ることのないようにとできるだけ遠くに、遠くにいようと思っていたから。メッセージのやりとりだってしたことがない。
「も、もしもしっ?」
『……ナオ? ねぇ、俺さ、今、大学の前んとこ』
電話だって一度もしたことがないから。
『もう大学終わった?』
だから、電話越しに聞こえる声の少し電子っぽいザラついた質感の声に、心臓が慌ててる。
「え? あの、なんでっ」
電話の向こうにいるカズにその慌しい鼓動が聞かれてしまいそうで、頬が熱くなった。
『じゃあ、外で待ってる』
耳元で聞こえる、一つ下の弟の声に、やたらと緊張して声がひっくり返りそうだった。
ずっと、カズのことばっかり今日一日考えてたんだ。
なんで俺と? お前の相手をしたがる可愛い女子ならたくさんいるだろ? それなのになんで俺なんかと? 昨日言っていたことは全部本気? からかってたんだろ? 冗談なんだろ? 嘘、なのかもしれない。なぁ。
「!」
なぁ、カズ、昨日のあれは全部、本当?
本当に俺を相手にしてくれるの?
「ナオ!」
この身体中に残ってるキスマークは全部、本物?
「走ってきたの? 息切れんじゃん」
「だ……て」
今目の前にいるのは、本物?
「ねぇ、ナオ、ちょっといい?」
「? っ! ちょ、何っ」
「いや……」
いきなり、こんな大学の門のところで服の襟引っ張るなよ。びっくりするだろ。誰かに見られたらどうすんだ。
「俺がつけたキスマークって、本物だったかなって」
俺たちは兄弟なのに。
「けど、よかった、あった。ちゃんと、現実だった」
兄弟なのにセックスしたって、誰にも知られてはいけないのに、それでも、嬉しくなってしまう。
俺は、昨日、弟とセックスを、したんだって、胸が躍った。
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