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第10話 かくれんぼ
こんな気持ちになるなんて知らなかった。
起きて、まず、壁一枚を隔てた向こう側にいる弟のこと思っては目を瞑り、なんとなく甘ったるい溜め息が零れる朝なんて。
もどかしさに悩ましいと溜め息を零すような朝が来るなんて、今までは考えることもなかった。そのことが嬉しくて、悩ましくて、不思議な朝。
「……母さん、おはよ」
「あらぁ、おはよう」
「あの……カズ、は?」
「あぁ、今日はもう出ていったわよ。朝稽古なんじゃない?」
「……ふーん」
そして、弟がいないことに少ししょんぼりとした気持ちになる、そんな朝。
カズが女子を連れ込んでた頻度って、さ……たぶん、週一くらい。週二の時もあったけど、でも、基本母さんのパートのシフトが遅い時を狙ってたから、多くても週二だった。
俺が帰宅して、玄関先に小さめなサイズの見知らぬローファーを見つける。それがある時は大概、部屋から聞こえてきてた。
セックスが終わるとしばらくしてその女子は帰っていく。
たぶん、一回して終わり。
一回で終わり、らしい。
一回で?
俺とした時、一回でなんて終わらなかったけど。
それって。
もしかして、俺が下手、とか? って、内心焦ったり。いや、上手いかどうかなんて知らないけどさ。他を知らないんだから。なんて、なんか急に開き直ってみたり。
でも、カズは知ってるんだなって、少しジリリと焦げ付いてみたり。
他の人、小さなローファーの女子たちは知ってるんだろうか。一回で満足できる上手なセックスを、とか。
うちに連れ込んだ女の子とは一回して満足できたけど、俺とは何回もして、それでもまだ満足できなかったから、寝てる俺にキスマークつけたのかな、とかさ。
ほら、身体は違うから。
男同士、だから。
それでもカズを今までの誰よりも、一番気持ち良くさせたいなんてことは考えたりする。
男同士だけどさ。
笑ってしまうほど、なんか、カズとした、たった一回のセックスのことばかり考えてる。
けど仕方ない。あの一晩きりでその後はセックスしてない。ちゃんと触れていないんだから。その次の晩、風呂場でイかされたっきり。気持ちイイけど。嬉しいけど。でも。
――俺も、すげぇ気持ちイー。
カズに触りたい。
「……はぁ」
「物憂げな溜め息ですこと」
「うわぁぁぁ」
「お静かに」
いや、むしろ、お前、ここの学科じゃないだろ。
「んもー、司、ビビらせんなよ。っていうか、ここお前の学科じゃないだろ」
「でも、まぁ、溜め息も出るよなぁ」
「だから、ここはお前の学科じゃなくて国際経済学科だって」
「課題多くね? レポートハンパなくね? しかも、経済系の学科だけレポートてんこ盛りって、ひどくね?」
「だから、お前は経営経済で、俺は国際経済」
「そう! 同じ経済系!」
そこだけでくくるなよ。っていうか、自分の学科は大丈夫なのかよ。
「はぁぁぁ……遊びたい」
でもたしかに課題が多い。課題が多いと帰りが遅くなる。資料とか、ネットからも探し出せるけど、学校の資料図書のほうがそれに特化してる分、探す手間がかからない。文章の引用とかの時は、その資料図書の中で見つけた書籍タイトルで引っ張り出せるし。ってなると、大学でのレポート作成時間が多くなるわけで。
結果、帰りは母さんのパートシフトが遅い日よりも帰宅が遅くなる。
朝は朝で、カズはいないし。
「……あれ? 直紀?」
「? 何?」
「お前、いつものあれ言わないのな」
「?」
「大学に何しに来てんの? って、言うじゃん」
「!」
司と一緒になって大学の勉強量に溜め息をついてた。確かに、今までだったら、勉強しに来てんだから、勉強量が増えることの何が不満? なんて答えてたかもしれない。
「さてはー! やっぱりー! 恋だな」
「は、はぁ?」
「なんか最近、おかしいなぁ、おかしいなぁとは思ってたんだ。さては! お前、恋してるだろ? あと! お金貸して!」
「ぶっげほっ、ごほっ っていうか、最後の何?」
何ドサクサ紛れに付け加えてんの?
そうむせながら答えると、お調子者の司が財布を忘れたから学食でパン一つすら買えなんだと泣きついてきた。
「わかったよ。っていうか、奢る」
「ひょえ! なんでだよ! なんで奢ってくれんだ! さては、彼女とイチャイチャしてて気分はるんるんだから奢ってくれるんだろ!」
バカって呟いて、席を立った。奢ってやるのは恋をしてるからではなく、この前の飲み会にイライラして早く抜け出してしまったことへの謝罪だ。積もり積もった片想いがその数時間後にはどうなるのかなんて、知るわけがなかった俺は我慢の限界まで溜め込んで、苛立ってさ。
それとその日以降の色んなことへの、お礼……かな。
「悪酔いして、この前帰っただろ? 俺」
それだけ言って、小銭をその手に押し込んだ。
俺が高校三年の時は、学校は受験モードがほぼ終わっていて、のんびり早帰りの日もあれば、ゆっくりフル授業の時もあった。カズだって高校生だから帰りはほぼ同じくらい。剣道の稽古があるから部活はしてなかったし。
そんな放課後、母さんがパートの遅いシフトの時を狙って、カズは女子を連れ込んでいた。帰ってすぐにしてたのかな。そう帰宅時間に大差はないはずなのに、毎回最中だった。
「ただいま」
「あ、おかえりー。今日のご飯は中華ねー。もうできるからカズを呼んできてよー」
「……ぁ、うん」
けど、大学はそこまで帰りが早いわけではない。だから今日みたいに、帰れば母さんが大体いる。
「鞄置いてくるついでにカズを呼んでくる」
二人っきりになれない。
同じ屋根の下にいながらままならない日がさ、積もり積もって。
「カズ、ゆうはっ、ん…………っわ」
しー……。人差し指を唇に当てて、弟の手が俺を部屋へと引っ張り込む。
「カ、カズ」
限界なんだ。
「ぁ、ン……カズっ」
静かにして。
「あっ」
触りたい。
「ぁ、カ……ズっ……ご飯」
すぐにイきそう。
「ぁ……ン、ぁ、カズのっ」
二人ともガチガチに硬くして、二人とも急いた手つきで相手のことをまさぐって。
「カズっ」
カズの手が俺のと自分のを一緒に扱いてくれる。
「ぁ、これ、気持ちイっ」
したくて、されたくて。
「ナオ」
「ン、んんっ、ンくっ」
舐めてしゃぶりたくて。齧り付くキスをして貪る。
「カズっ」
触りたい。
触られたい。
「カズ、もぉ、っ俺」
欲求が小さく、けれどたくさん降って積もり積もっていた。
ダメなのに。下で母さんが夕飯を用意してくれてる。見つかったらおしまい。
絶対に叶うわけがないと思ってた。絶対にないと思ってた。これは、恋にはならないと、思ってた。恋にしちゃいけないって。でも――。
「イク? ナオ。俺も、限界」
でも、俺は我儘だから。自己中だから、もしもくれるのなら、欲しいと思った。やっぱり欲しいから、こっそりと、見つからないように。
「ン、も、俺、イク、声、が」
喘ぎそうになる口の中をカズの親指がもっと開いてと抉じ開けた。
「ン、んんん」
そして開いて、舌を差し込まれて、淫らなキスを絡ませ合いながら。
「ナオ、その顔、そそる」
そう言ってくれたカズの唇に乳首を甘く噛みつかれて、すぐにイっていた。
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