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第11話 可愛い子
始めたのは父から勧められたからだったけれど、剣道は好きだった。最初はヒーローみたいになれるかも、とか思って通ってた。武士みたいじゃん。剣を持ってさ。
イヤになってやめたわけじゃないから、今も別に剣道は好きだけど。
防具を身に付けた時のぎゅっとした感じとか、自分の呼吸が内側に響く感じとか、外すと、頬や額に触れる空気が真新しく感じられるのとか、好きだった。頭の中がすっきりする。でも、やめた。
久しぶりに道場に来た。
扉を開けようかな、どうしようかなって迷っていたらいきなり開いて、そして、いきなり現れた、俺の。
「先生、俺、外で休憩してきます」
「!」
「ナオっ?」
弟。
「よっ」
「は? 何? なんで?」
好きな剣道をやめた理由は、カズとの距離をできるだけ離したかったから……だった。
「なんでって、お前、今日は稽古がある日じゃん」
でも、一番の理由はそれじゃない。
「今、休憩? そしたらちょうどよかった。お茶、買ってき…………なんでそんな離れんの?」
差し入れを渡そうと思ったのに、道場の外にある駐車場にもなっている庭の端っこまでカズが下がってしまった。
「いや、臭いだろ」
「……」
「だから、あんま来るな」
そう言いながら口元を手の甲で覆って。そんで、まっかっかになった。
「……カズ」
「だから、来んなって! おいっ! お前なぁ!」
それが、可愛かった。
「ばかっ! 汗くせぇっつってんの!」
たまらなく、可愛かった。
やめた一番の理由はさ。
剣道をするよりも見ていたくなったんだ。自分の稽古よりも、弟が剣道をやっているところを見ていたくなったから、だった。
踏み込む時の響き渡る足音。声。竹刀が空気を裂く音。カズの立てる音に耳を澄ましたくなった。立ち姿、構え、凛とした背中、カズの仕草一つに見惚れていたくなった。
だから、剣道はやめた。
「はぁ、はぁ、はぁっ」
ほら、カズの乱れた呼吸音一つでも、聞き逃したくないって思う。
我儘だろ?
距離を離さないと、これは消さないとって思っているはずなのに、その離れたところから耳を澄まして、弟に見入ってるんだから。
「やっば、ナオが見てると思ったら、めちゃくちゃ緊張した」
仕上げに一本、先生と勝負をして、今日の稽古は終わり。稽古のメニュー変わってないんだ。防具を外し、深呼吸をするカズのこめまみを、ツーッと汗が伝う。お疲れ、そう告げて、タオルを差し出すと、俺を見上げたカズの濡れた髪にどぎまぎしてしまう。
「マジで疲れた」
「朝稽古もしてるからか、また強くなってた」
「……」
「なぁ、お前さ、足のサイズどんくらい? なんか、俺よりでかいだろ? 足の踏み込みすっごいしっかりしてた」
ふいに隣に立ってみたら、ほら、やっぱり。
「なんで、弟のお前のほうが背でかいの」
ほらほら、な? 少しだけ俺の方が目線上向きになってる。そんでたぶん足のサイズもでかいだろ。
「…………うっせぇよ」
「おまっ、兄に向かって」
「うっせぇ」
大きな足で、どかどかと、まるで踏み鳴らすように歩いて行ってしまった。
「…………うるさくもなるでしょ」
なんだよ。怒った顔してさ。耳まで真っ赤にしてさ。
だって、稽古をしているお前を見たのは久しぶりだったんだ。やっぱ蕩けそうになるほどカッコよかった。そして近くに行くとドキドキするんだ。濡れたうなじも、汗が伝い落ちるのも、なんもかんもにドキドキしてた。
だから、心臓の音がきっとうるさいだろうとめちゃくちゃたくさんしゃべってたんだ。心音が聞かれてしまいそうだったから。
弟としゃべってるとは思えないほど心臓んとこが騒がしくて、そりゃうるさくもなる。
「なぁ、なんで急に見学しに来たんだよ」
「えー……なんでだよ。見ちゃいけないのかよ」
「……調子狂う」
「またまたぁ、地区大会余裕で優勝の腕で?」
「……ナオがいたら、ナオが優勝してただろ」
帰り道、四月の風がふわりと首筋を撫でるのが心地良い。
「どうだろ」
「なぁ、なんで、ナオは剣道やめたんだよ」
理由なんて、カズに言えるわけがないって思ってた。弟のお前には絶対に何があっても知られてはいけないと思ってた。
「…………内緒」
今は、照れ臭くて言えないだけだけれど。お前だって、汗臭いとか言って気にしてたじゃん。俺は全然お前の匂いとかさ、むしろ、好きなのに。
「……なにそれ」
「うっさい」
むしろ、好きだよ。お前の匂いも、なんもかんも、全部好きだよ。
ゾクゾクする。
「ナオ……いいって、俺は」
「しー……」
下にいる母さんに見つからないように静かに、静かに。
「っ、ナオ」
うちに帰って、母さんにただいまを言ってから、風呂に先に入ってくるとカズは自室のある上へとあがった。俺もただいまって言って、上へとあがった。
でも、カズは自室ではなく奥の俺の部屋に。
「ンっ……」
スンと鼻先を鳴らすと、気恥ずかしそうにしかめっ面で俺を睨んでる。けど、そんなの無視して、カズの下着に鼻先を埋め、目を閉じた。
「ン……ん」
「ナオっ」
全部好きだよ。カズの匂いだって。
「ナオっ、っ」
「ン、んく」
「ナオっ!」
舌を這わせて、丁寧に先から裏筋のところを擦って舐めて、先端に唇でキスをした。根元にもキスをすると、カズの腰がビクン跳ねて、喉奥を切っ先が突いた。
「んんんっ」
「ナオ」
苦しいのに、カズのだと思うと、全部欲しくなる。
「ン、んっ……カズ」
「っ」
好きだよ。しゃぶりつきたいくらいに。痛いくらいに張り詰めて、熱くて逞しいこのカズのに、頬擦りするくらい。
「何、それ、視覚的にやばい」
「ンっ……」
あぁ、あともう一つ。
「どうしたの。ナオ、すっげぇ可愛い顔して俺のしゃぶって」
「ン、ん、んくっ」
「喉んとこ、熱くて、気持ちイ」
道着姿にさ、興奮するから。だから、やめたんだ。
「ナオ……」
カズの道着姿を見ただけで身体火照らせてるくらい。喉奥いっぱいに犯してくれるカズの太さに興奮して、恥じらいもなく自分でいじり始めるくらい。
「えっろ……フェラしながら、自分の触るとか。すげぇ、興奮する」
「あっ……ちょ、まだ、フェラ」
「イきそ。顔、見せて、それに、俺もナオに触りたい」
「あっ……ン」
平ったい胸を大きな手がまさぐってくる。そしてすぐに見つけられた、平坦な裸にくっついた小さな粒。
硬くて、コリコリして、食われたがりの、俺の乳首。
「あ、ン」
その乳首をぎゅっと摘まれて、俺の唾液で濡れたカズのペニスと、フェラしただけでしっかり反り返るほど勃ってる自分のペニスを一緒くたに扱かれる。
汗臭いからと真っ赤になって距離を取ろうとするなんて可愛いとこがあるのに。今は俺のことを貪りたいと、色っぽい顔で俺を真っ直ぐに見つめる。大きな手で俺のを鷲掴みにしてカウパーが溢れるくらいに扱いてくれる。強く柔く、愛撫してくれる。
たまらない。もっと強く鷲掴みにされたいって願ってしまうほど。
「勃ってる。上も、下も」
「あぁっ」
「声、押さえてよ。ナオ」
無理だよ。だって――。
「あ、それ、好き、イくっ」
「っ」
「イくって、カズ」
「俺も、もう」
だって、稽古を見ながらずっと俺はあの汗で濡れたうなじにしがみついて、キスを。
「ぁ、あっ、んんんんんんっ」
したくてたまらなかったんだから。
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