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第13話 普通の兄弟
「俺、今日、学校の奴らと出かけてくるから。帰り遅くなる。夕飯も外で済ませてくるから気にしないで」
「あ、母さん、俺さ、今日、大学の、皆で出かけてくる。あ、えーと、夕飯は、大丈夫。へ、へぇ、そっか、カズも夕飯いらないんだったら、ちょうどよかったじゃん。うん。俺も大学の奴らと食べて来るから気にしないで」
――そんじゃあ、行ってきます。
「……ナオ、マジで、ありえないくらいに嘘下手だな」
「んもー、わかったよ。っつうかお前が上手すぎるんだろ。しれーっとした顔しちゃってさぁ」
顔、引きつらせもしないで、普通に嘘つくとか。
「なんだよ」
「あぁやって悪いことしてたんだろ」
「まぁな」
時間差出発、待ち合わせは普段使ってる最寄りの駅ではなく、そこから一時間ほど先の乗り換えの駅で。家から近い駅なんかで待ち合わせをしたら誰かに見つかるかもしれないから。
先に出たのは俺だった。カズは俺が無事家を何事もなく出発したのを見送ってから、家を出た。
「誰かさんの代わりを連れ込んでたからな。ずっと片想いひた隠しにし続けて」
「カ、カズ!」
「……わかってるよ。言わない」
言いたいのに、と不満そうな表情をちらりとだけ見せて、ホームに滑り込んできた電車の風に目を細める。
「けど、これはデートだからな」
そして、電車の中に乗り込んだ。ぎゅうぎゅうではないけれどけっこう混んでいる週末の電車の中。けど、遊びに行く人が多いからなのか、平日の混んでる感じとは全く違っている。
ほとんど話し声なんてしない平日の朝と違って、誰かの話し声が聞こえる電車の中。デートをするからと俺らもその電車に揺られてる。
「わ、わかってる。っていうか、誘ったの俺じゃん。っていうか、お前、何その格好。本当に高校生かよっ」
黒のニットに黒のパンツ。赤っぽい色のブーツに柔らかいグレーのストールとか。
「デートだから」
めちゃくちゃカッコいい格好してきてさ。それでなくても高校三年生のくせにまだ背が伸びてるとかさ。そのうち朝、髭とか剃り出すんじゃないだろうな。
「髭、ナオは全然生えないのな」
「んなっ! なんで、俺の心の中読んでんだ」
「顔に書いてあるからだろ」
両手でつり革にぶら下がって、その自分の腕に顎を乗っけながら、不敵に笑ったりするともうメンズモデルが狙って撮ってるとしか見えない。もしくはスーパー剣士高校生のオフショットとかで地方新聞の取材でも受けてるんじゃないだろうかと。
「めちゃくちゃかっけぇな。やばい、惚れ直す。っていうか、これ、俺のだから。こんなかっこいいけど、誰にもやんないから……って思っただろ」
「は、はぁ? おま、何言ってんの」
「心の中を読んだんだよ」
「はい? 違うし」
本当に、心の中を読まれたら、大変だ。
「けど、高校生には見えないだろ? ナオの隣に並んでもさ、せめて同じ歳くらいには見えるだろ?」
今、俺の心の中を、カズは読めたんだろうか。
「っていうか、電車の中、あっつ。ストールいらねぇ、失敗した、けど、ナオはむしろ薄着じゃね? お前、寒がりのくせに」
読まれたら大変だけれど、少し読んで欲しい気もした。
「ストール、使うんだったら言って? たぶん、向こうは海沿いだからめちゃくちゃ寒いかもよ」
カズと。
「うん。ありがと」
セックス、したいって、思ったから。
子どもの頃、家族で来たことが何度かあったっけ。
「うわぁぁ! すごい! カズっ!」
「……あぁ」
入り口のところにあるキャラクターたちが踊っている瞬間を切り取った金色のオブジェはまるで魔法をかけられストップしているみたいだ。
その周りをぐるりと鮮やかな色をした花畑が囲っている。
そっか、四月だからイースターなのか。カラフルな模様をペイントされた卵たちが今にも転がりだしそうだった。
「あはは、見て、カズ、一個だけ、ヒヨコになってる」
可愛いって笑った。
けど、カズはそんな俺を見て目を細めて笑った。
「子どもみてぇ」
「うるさいなぁ、いいだろ、久しぶりなんだから」
俺は、そのカズに心臓を踊らせてる。
「ナオは卒業旅行で去年来たんだっけ。司たちとだろ?」
「そう。ちょうどこの時期だった」
あの時は、あっちこっちで見かける男女のペアとかを見ては、デートかぁ、なんてちょっと思ったんだ。俺はこの片想いをしているうちはああいうのできないんだなぁって思った。でも、カズ以外を好きになれる気もあんまりしてなくて、なかば諦めモードっていうか。もう、きっとこのまま消化もできず、朽ちることもない、これを抱えたままなんだろうと。
「ふーん……」
「な、なんだよ」
「ナオ、鈍感だからな」
「?」
「ナオのこと狙ってた女とかいたんじゃね?」
涼しい顔をして、しれっとした表情で、嘘がつく。とても上手に隠して。
「いたかも……」
「はっ? おま、なんか」
そんなカズが俺の下手な嘘に慌てた。食い気味で詰め寄って、めちゃくちゃ焦ってる。
「嘘……」
「はぁ?」
「普通に楽しかったよ」
「……」
「デートとか、少し羨ましいって思いながら、けど、絶対に無理なのわかってたからさ」
夢にも思わなかった。ここに一年後、カズと来るなんてさ。
弟とこんなとこ、普通は来ないでしょ。いや、来るのかもな。めちゃくちゃ仲の良い兄弟とかだったら一緒に来るかもしれない。けど、俺には普通の兄弟がどれをするのか、どこまでが普通の兄弟のラインなのかわからないから、どこまでを俺はしていいのかわかんなかったんだ。
「ナオ」
「あ! うっそ、カズ、ここ、列、マジで四時間待ちだ。うわぁ」
「どうする? ナオ、他乗る?」
「うーん」
まさか今日も四時間待ちだとは。って、週末だから仕方ないのかもしれないけど。
「けど、ナオ、ここに一番に来たってことは、これ乗りたかったんだろ?」
「んー、でも、さすがに退屈だろ? カズ」
「俺は別に。アトラクション目当てじゃねぇし」
少しでも、一人分でも早く乗りたいと急いた気持ちで早歩きをする人の流れの中、カズの手が俺の手を引いた。
「ナオといられればいいよ」
「……」
手を、繋いだ。
「あ、あの……カズ、手」
「誰も気にしないだろ」
「……」
――手繋いでてさぁ。もう、なんか微笑ましいっていうか。
「う、ん」
――いいよねぇ、デート。
「うん」
四時間かかるんだってさ。新アトラクション。四時間待つんだって。
だから、つまりは四時間、こうして手を繋いでいられるんだって。
「うん」
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