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第14話 グリーンモンスター

 午前はほとんど新アトラクションの順番待ちで終わった。とはいっても、午後も空いてそうなアトラクションを狙うこともせずに順番待ち。  順番待ちするの、別に苦じゃなかったから。  ほら、カズ、やっぱ、足でかいじゃん。  まだそれ言ってんの? ナオ。  背の順で何番目?  背の順って、ガキかよ。  ほら! 肩の位置もちょっとだけ違うし。  つうか靴履いてる足をくっつけたって、わかんねぇじゃん。  だってさぁ。なんで俺追い越されててんの。  知らない。  カズ、どんだけ牛乳飲んでんの?  あ、牛乳、関係ないらしいぜ?  え? そうなの?  つうかさ、背よりも、ナオ、腕とか腰とかはいいの?  なにが?  ナオ、ほっそいじゃん。  うっさいなぁ。剣道やめて筋力落ちたって言いたいんだろ。  だって、力負けしてたし。  は? いつ?  押し倒した時。  なっ! 何っを!  ほら、ナオ、前詰めて――。  一緒に並んで、一歩前へと移動した。  他愛のない会話。髪が伸びた、とか。この前、コンビニで買ったパンが安かったけど、美味かったよ、とか。そんな話ばかりを並んでいる間ずっとしてた。  並んでる間、ずっと、手を繋いでた。  アトラクションよりもドキドキしてた。 「あっま、その甘い匂いだけで食べてる気分になるんだけど」 「美味いよ? 食う?」 「なんだっけ? それ」 「ミルクチョコキャラメルテイストポップコーン」 「名前、なが」  名前だけで甘い、みたいな顔するなよ。 「匂いが強めなだけでそんなに甘くないって」 「いや、ミルクとチョコで充分なのにキャラメルって」 「なんだよ。食ってみろって。食わず嫌いは良くないんだぞ」  四月の終わり。普段だったらこの格好でも全然平気だけど。たしかに海沿いでは寒かったかもしれない。日が落ちてきたら、急に風が冷たくなって肩が自然と縮こまって、背中が丸まる。 「美味いのに。カズって、甘いの苦手だっ、った……」  ふわりと舞い上がったのはカズから借りて肩にかけていたグレーのストール。大きなマントみたいにそれを風にはためかせて。 「…………ホントだ」 「……」 「そんなに匂いほどには甘くないかも」  食べようと口に咥えた一粒が、さらわれた。  唇で挟んで、口の中へと転がす直前、カズの舌先に持っていかれてしまった。 「んなっ!」 「暗くなってきたからわかんねぇよ。キスしたって。ストールで一応隠したし、そもそも誰もそんな見てねぇって」 「そ、そういう問題じゃない! お前、普通、男女でだって、そうっ」 「ストール、もっとしっかり首んと細いとけよ。寒いんだろ?」  薄暗い中、本物の炎っぽく揺らめく光の街灯がポツリポツリと並んでいて、カズの笑った顔を照らしてくれる。  ストールさ、こうしたほうがたしかにあったかいんだけど。  これはやばい、ちょっと、さ。 「あ、なぁ、ナオ、花火、どうする? 見てく?」  カズの匂いがして、なんか、やばいんだ。 「あー、見たいかも」 「じゃあ、見よう」  結局、午後六時半現在で乗れたアトラクションは三つ。あとはところどころで行われてるストリート演奏とかを聞いたりしてた。でも、別に不満はとくにない。むしろ手を繋いでいられるからさ、何してたって楽しい。 「そしたら、あと一時間あるから……何か乗る?」 「あ、そしたらさ」 「?」  一つだけ、デートだから。  記念、っぽいのが欲しいなぁって。 「…………ナオ」 「うん」  人生初のデートの記念を。 「あのさ」 「うん」  できれば手の中に収まるのがいい。肌身離さず持っていられて、ふとした時に触れたりできるほうが。 「もう少し、なんか別のにしたら?」 「なんで?」 「いや、もっとこうあんだろ! なんか、わっかんねぇけど、これじゃないやつ」 「? なんでだよ」  カズの目の前に差し出したのは緑色の一つ目モンスター。ぶにっと押すと、ぶにっと目玉が飛び出るストレス発散もかねたすごいやつ。  可愛いじゃん。ぶにっとさ。 「ちょ、キモい」 「あ、そういうこと言う?」  ほら、押すと、ストレス発散になるんだって。ぶにっと。 「っつうか、目の前で目玉出すなよ!」 「あははは。いいじゃん。俺、これにする」 「……ったく」  幸いなことにスーベニアショップは混雑する前だった。もうあと少しで始まる花火を見ずに帰る人はそうはいなくて。皆、ベストポジションで花火を堪能しようと場所を確保してるんだろう。お客さんが点々といるだけだった。 「お持ち帰り用ですか?」 「はい」 「すいません。二つとも、持ち帰りで」 「……カズ」  一つだけレジカウンターに置いたら、後ろから出てきた手がもう一つ同じキーホルダーを隣に置いた。  目玉が飛び出るグリーンモンスターは朝四時間並んだ新アトラクションの中に何度も出てきた悪戯好きの宇宙人。アトラクションはシューティングもので、もちろん、このモンスターもターゲットになってたんだけど、ちっとも当たらない手ごわい奴だった。ちょっとだけ掠める「おしい」ショットが出ると、ぶにっと目玉を出して、俺たちを驚かして、その隙にいなくなる。 「記念なら、俺もだろ」 「……」  ぶにっとさ、押したら。 「念願叶っての初デート……」 「カズ」 「ほら、花火が始まった」  店を出ると、花火の音が園内中に響き渡っていた。  その中をまたしっかり手繋いで。  帰る人、ついに始まったラストの大花火に慌てて駆け寄る人、そんなのよりもアトラクションがいいとあっちこっちに向かう人が行き交う中で、誰にも邪魔されないように、離れてしまわないように、ぎゅっと手を繋いだ。  空には、くるくるくるっと螺旋状に火花がリボンみたいにのぼっていく。あっちでもこっちでも。そして真っ暗な中を高く、高く、大きな花火が。  大きな花火がバーンと弾けたのとほとんど一緒に心臓が、きゅっとした。 「ナオから、さっきのポップコーンの甘い香りがする」  カズに背後から抱き締められてる。 「美味そ……」 「っ」  海辺で寒かったはずなのに、熱くなる。  さっきのあれ、グリーンモンスターのキーホルダーは、ストレス発散にいいんだっけ。これは、発散できないよな。ぶにっと押したところでさ。 「美味しかっただろ。一個、食ったじゃん。ポップコーン」  キスして食べたじゃん。 「一粒じゃ、わかんなかった」  熱は発散できない。  ストールからカズの匂いがする。たったのそれだけでやばかったのに。念願叶っての初デートって言ってたカズに抱き締められたらさ、あのグリーンモンスターのキーホルダーが、たとえば百個あったって誤魔化させないくらい、発散できない。 「もっと食べたい」  熱が溜まっていって、火花みたいにチリチリって音が、身体の内側から聞こえた気がした。

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