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第16話 ねぇ、舐めて
朝、目を覚まして、起き上がった時、少しだけ残ってる昨日の名残に一人赤面した。
――俺も記念みたいなの、もう一個欲しい。
記念って、何かと思った。まさか、さ。
「あら、直紀、おはよう」
洗面所で顔を洗っていたら、背後からいつもと変わらない母さんの声がした。
「! お、おはよ」
「あんた、昨日何時に帰って来るのかわからなかったから、お風呂のスイッチ切っちゃった。大丈夫だった?」
「ぁ、うん」
帰って来た時間知らないんだ。って、知ってたら、青ざめるどころじゃない。心臓が止まるけど。
両親が寝ている部屋、カズの部屋を挟んでたけれど、すぐ近くで、してたんだから。声は抑えてたし、床でしたから物音はしなかっただろうけど、その、濡れた音とか、してたし。
「母さんたちは、その、風呂の音とかうるさくなかった?」
「ぜーんぜん」
「そっか」
よかったって、つい胸を撫で下ろしてしまう。
「あら、和紀も起きてきた。おはよう」
「……はよ」
「やだ、あくびして。何時に帰って来たの? あんたは直紀と違ってまだ高校生なんだからね。羽目外していいのは大学生になってからよ」
「大学生になったらいいの?」
「ある程度はね」
母さんはそういうと洗濯物のスイッチを押して、キッチンへと向かった。
そして、洗面所には俺とカズのふたりっきり。洗濯機のたてる音だけがガタンゴトンと鳴っている。
「……ある程度はいいんだってさ」
悪戯っぽく、カズが含んだ笑いを向ける。羽目を外すのは大学生の俺はいいんだって、って笑ってる。
両親がいるのに、カズが帰ってくるまでにほぐして、トロトロにしながら待ってた俺を。電話で呼んで、部屋に招き入れて、すぐさまセックスした俺を。
「も、からかうなよ」
「怒んないでよ。昨日ので浮かれてんだ」
浮かれたのは、俺もだ。
赤面して俯いた俺の隣、洗面所の鏡を半分をカズが陣取った。前髪をかき上げ、そして、まるで見せびらかすように肩までTシャツの襟口を引っ張り下げるのを鏡越しに見つめた。
その肩のところ、けっこうくっきりと楕円を描く赤い傷が点々と刻まれている。
俺がつけた噛み痕。
「痛くないのか?」
「んー? 痛いよ。ちょっとヒリヒリしてる」
「は? そんなの」
「だからいいんじゃん」
――ね、ナオ、ちょうだい。
イった後、まだ呼吸が整わないうちに、ストールを敷いて、そこで脚をはしたなく開かされた。膝を両手で広げられて、そして、大胆に開いた身体を二つ目のゴムをつけたカズのペニスが貫くのと同時にキスをされた。
舌で、ペニスで、身体を塞がれて、気持ち良くて、たまらなくて。カズでいっぱいになることに震えるほど悦んでた。
――もう一回しよ?
硬いままのカズのペニスが、イったばかりの俺の中をゆっくり擦り上げたんだ。
感度が高まってきつくなった中を、射精感に浸りながらペニスにしゃぶりつく内側を、ゆっくり擦られて、小刻みに小さな射精に身悶えてた。掻き混ぜられて、抜けてしまわないように奥まで挿れられて。わななく身体をくねらせて、カズのストールをきゅっと握って。
――ね、ナオ。
カズの匂いがするから興奮する。それで鼻と口元で隠すようにしながら握り締めてたら、その手を掴まれて、口元から外されてしまった。
根元までぐっと深く貫かれると声がどうしても溢れそうになるのに。
喘ぎ声を上げてしまわないよう、喉奥で一生懸命に声を抑えてたら、カズが覆い被さって、唇を耳元に寄せ、掠れた声でねだられた。
――ねぇ、ナオがイクとき、噛んでよ。
ゆっくり突き上げられて、震える肩にキスをされて。また耳元で、熱っぽく囁かれる。
――声、我慢しないとじゃん?
両親が眠ってるから、静かに、音が聞こえてしまわないように。
――だから、噛んで。思いっきり。
――ぁ、あっ。
――ナオの印、くっつけて。
そうねだれた瞬間、深いところを抉じ開けられて、噛み付いた痕。
「昨日のこと思い出してる?」
「!」
「すげぇ、エロい顔した」
「し、してないっ」
隣で、甘えるように鼻先を俺の耳元に擦り寄ると、楽しそうにカズが目を閉じた。
「ナオの歯型……ちょっと、けっこう痛いかも」
「ごめっ、俺、加減できなくて」
そこまで強くしたつもりはないけれど、あの瞬間はもう声を堪えるのに必死だったから、加減なんできてなかったのかもしれない。慌てたところで手首を捕まえられた。
手首を掴まれ、腰を引き寄せられ、下半身が密着した格好。
でも今、キッチンからはカチャカチャと食器達が楽しそうな演奏会をしてるのが聞こえてきてる。その間は母さんがキッチンにいるってことだ。
「消毒してくれる?」
「今、そしたら救急箱っ」
「大丈夫。はい」
「……」
「はーい」
「……」
「舐めて」
「な、何をっ」
舐めて消毒、なんて。
「っ、バカ、母さんがいるって」
「平気でしょ?」
「っ」
俺たちの話し声はきっと洗濯機が掻き消してくれる。
「してよ。痛い、あー、痛い」
「っ」
「痛くてズキズキするー」
――ナオ兄ちゃん! 痛いー! 転んだー! 痛いよー!
「う、浮かれすぎ」
「うん。わかってる」
俺も、カズも、初デートにまだ浮かれてる。
「っ……」
舐めて消毒になるわけないのに。
「ほ、ほら、舐めてやったから、あとはちゃんと本当に消毒」
「も、へーき、痛くなくなった」
――ナオ兄ちゃん! 絆創膏ありがとう! もう、痛くないよ!
「ありがと、ナオ」
「っン」
よりいっそう強く腰を抱かれ、差し込まれた舌先に密着したままの下半身がじわりと熱を持ちそうになる。
「っ」
洗濯物はまだ回ってる。だから大丈夫。この、いやらしいキスの音もきっと掻き消してくれている。
このデートの余韻に浮かれたキスに零れる甘い声も、きっと掻き消してくれる。
「ナオ……」
――ナオ兄ちゃんに絆創膏貼ってもらうのがいい。
「っ、カズ」
――ただの絆創膏だよ。
「っ、ン、カズ」
まだ、もう少し洗濯機が動いてるから。
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