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第18話 兄のものは兄のもの。弟だって、兄のもの
バイト、かぁ。
――そう、翻訳バイトらしいんだけど、直紀、英語できるだろ? だから、ちょうどいいかと思ってさ。
翻訳、かぁ。
――だって、お前、親父さんみたいに警察官にはならないんだろ? 国際コミュ系で、やってくんじゃねぇの?
警察官になることはないよ。だって、俺が捕まる側でしょ? 好きになった相手が弟っていうのもダメだし、その相手と性交渉も、さ……ダメでしょ。だから警察官にはならないし、なれない。
――時給がめちゃくちゃいいんだよ。ほら、連休の間にさ、小遣い稼ぎができて、尚且、お前の勉学に役立つ。まさに一石二鳥だろ。
時給、いいのはありがたい。
今回の連休は無理でもさ、なんか土日で、カズと旅行とか行けちゃうかもしれないし。例えば、俺は司なんかと旅行に行くってことにして、カズはカズで友だちと一泊で、とか言ってさ。ちょうど同じタイミングでしたって誤魔化して。
そして、二人で旅行とかしてみたい、かも。
お金はあるに越したことはないし。旅行もいいなぁって思うけど、それだけじゃなくて、いつか、俺が家を追い出されるか、自分から出て行く日が――。
「……」
帰り道、司からもらったバイトのことを考えながら駅を降りると、カズがいた。
「……」
女子と、一緒に……いた。
カフェから出てきた。女子のほうがテイクアウトのカップを持っている。店の出入り口の脇で、何かを話してる。彼女のほうはカズよりもずっと背が小さくて、見上げながら楽しそうに笑ってた。
カズも、笑ってる。
彼女はカズの制服のニットをくんって引っ張って、また何かを言った。カズの鞄から飛び出て揺れている一つ目グリーンモンスターを指差して。
「……」
見つけられてしまったカズは鞄を彼女の反対側の肩にかけなおす。
彼女は「ねぇねぇ」とまるでせっつくようにカズの腕を引っ張って、掴んで。雑音が溢れかえる駅前じゃあ、声はひとつも聞こえない。
カズが何かを言うと、また引っ張って掴んで、何かをまたカズが言って。それを繰り返してる。
「は…………れて」
小さな、小さな、声が零れたんだ。
口に出すつもりなんてなかった。今までは喉奥の、もっとずっとずっと奥のほうにしまっておけた。声になんて到底出せないような、ずっと奥のところ。
でも、今、声に出てしまった。
俺に言う権利なんて本当はこれっぽっちだってないはずの言葉を。聞こえるはずはない。駅前のこの騒がしい中じゃ聞こえるわけが……。
「!」
けれど、カズには聞こえたかのように、自然とこっちへ突然振り返った。
カズたちはどこかに行こうとしていたように見えたのに。ふと、振り返って、こっちを見て、目が合った。
彼女はカズの視線の先なんて気にもせずに、腕を引っ張ると、カズがもう一度、今度はさっきみたいに短いのじゃなくて、何かをしっかりと話してる。彼女はその話を聞いて、不服そうな顔をした。それでもまだ食い下がるように、カズのニットを掴もうとしたけれど。
できなかった。
カズがその手を避けて、手を振ったから。
手を振って、彼女が諦めて帰るのを見送って。
「今、帰り? 早くね?」
俺のところに来た。
「ナオ?」
たったそれだけのこと。
「どうしたの?」
たったそれだけのことなのに、胸が苦しいくらいに嬉しくてたまらない。
そのキーホルダーをあの彼女に触らせなかった。彼女の誘いを断った。
「ナオ?」
「……今の子、誰?」
「……」
「なんか、仲良かった」
「……」
「なんの、話してたんだよ」
俺がニットの裾を握ったら、と伸ばした手は避けられることなく、カズに捕まえられた。そのことに蕩けてしまえるほど嬉しくてしょうがなくて、つい、兄弟ではありえないヤキモチを隠せなかった。
「ぁっ……ン」
「声、我慢して」
自分は、我慢できなくなったって、こんなとこに俺のこと。
「ン、ン、無理、声っ」
捕まえられて、駅ビルの中のトイレへと連れ込んだくせに。
「んんんっ」
トイレの中で齧り付くようにキスをされて、舌が絡まり合う音がトイレの個室の中でやたらと大きく聞こえる。駅ビル内で流れてるのんびり穏やかな音楽なんかじゃ掻き消せない濡れた音が途絶えることなく、ぴちゃくちゅといやらしく響いてる。
「さっきの、子、は?」
「同じクラスの」
「仲良いんだっ」
「前はね」
「あっ、っ」
「今は全然」
服の中に忍び込んだ不埒な手に乳首を摘まれ、甘い悲鳴が零れてしまう。
「手、掴まれてたっ」
「カラオケ行こうって言われたんだ」
「んんんっ」
トイレじゃしない音ばかり。やらしい音もやらしい声も。誰かが入ってきて、もしも聞かれたら、中で何をしてるのかなんてすぐにわかってしまう。
カズの手が俺のペニスを握ったから、声が零れてしまわないように手で押さえてたのに。でも、その手は口から外され、代わりにキスで口を塞がれる。唾液が唇の端から零れそうになる激しいキス。
くちゅくちゅ音を立てて扱かれて。
ぴちゃりと濡れた音がキスの合間に零れて。
そして、唾液を拭ってくれたカズの指が、扱かれて先端から零したカウパーも掬い取って、ローションの代わりにそれを孔に塗りつけた。何かを期待して、ヒクついて中が物欲しげにきゅんとしたのも、聞こえてしまいそうなくらい、孔が悦んでる。
「あの子と、したこと、あるんだろ」
「……」
きっと、あの玄関にちょこんとあったローファー、どれだかわからないけど、そのうちの一人なんだろ。
「今日も、誘われた?」
何回くらいしたんだよ。あの子と。今日はカラオケに誘われたって、歌うのが目的じゃないんだろ? そして、あの子がうちの最寄駅まで着いてくるのを許したんだ? あそこでコーヒー買って? そんで? 他愛のない会話でもして帰らせようとしてた? どっちにしたって、あそこまでは一緒にいたんじゃん。
「断ったよ」
カズが女子とセックスしてるのなんて、知ってたし。
「ね、ナオ、そんな怒った顔しないでよ」
隣でそれに聞き耳まで立ててたくせに。今はただあの子がカズに触れただけで、胸のところが焦げ付くなんて。
「嬉しくてたまんなくなるじゃん」
カズが嬉しいという言葉とは正反対に見える険しい表情で溜め息を一つ零し前髪をかき上げた。
「カラオケ行きたいって言ってたのを断ったら、こっちに用があるっていって、一緒にここまで来た。コーヒー飲みたいっていうから、一緒に店入った。店を出たところで、俺は帰ろうと思った」
「っ、そ、れで?」
「断った。もう誘われないよ」
「そんなのわかんないだろ」
「わかるよ。もう誘われることはない」
「そんなのわかんないだろ。なんで」
「どう断ったか、言っていいの?」
女子に誘われて断った。今回だけじゃなくて、これから先もうそういうことはしないと断った。どう言って断ったのかを。
「この先、言っていいの?」
「っ」
「言ったらダメなんでしょ? 俺が、さっきあいつに何を言ったのか」
次男坊はマイペースで我儘。
長男は真面目なしっかり者だけれど、少し慎重派。
カズは次男坊、俺は、長男。だから、その先は言っちゃダメ。
「だ……め」
言っちゃダメ。
そう告げるとカズが舌打ちをして、表情を険しくさせる。
「カズが……キーホルダー、触らせなかったの、嬉しかった」
「……」
「あれはっ、っ……ン、んっ、んんんっ」
「挿れさせて、ナオの中に挿りたい」
「ぁっ」
舌が口の中を掻き混ぜて、離れた瞬間、背中を向けさせられた。そのまま、指が馴染み始めたばかりの孔を指よりもずっと太くて、ずっと硬くて熱いので抉じ開けられていく。
「ぁっ……」
カズでいっぱいになるのが気持ちイイ。
「ナオの、怒った顔、すげぇ好き」
「ぁっ……ンっ」
「興奮する」
我儘で、マイペースな次男が気持ち良さそうに俺の中を行き来する。
「もっと我儘になっていいのに」
「ぁ、あっ……声、我慢できない、ナオっ」
「っ」
「んんっ」
ずるりと抜けた太いペニス。
もう俺は充分我儘だよ。だって、理性よりも道徳よりも、自分の欲を優先させてるんだから。こんなことをこんな場所でしてるんだから。
「脚、開いて」
「ン、んんんっ」
あられもない格好。どっちも淫らで、はしたない。こんなところで下半身剥き出しにして、服を胸が露らになるくらいまで捲り上げて、そして、セックスしてるなんて。
「あっ……ぁっ」
なれるわけないじゃん。警察官なんて。
「ぁ、イくっ、イクっ、カズ」
「っ、俺も」
「カズっ」
「っ」
「イっ、くっ」
全部自分のものだと主張するように、首筋に噛み付くような奴。警察官になんて、なれるわけがないだろ。
「ン、ん、んんんんっ」
「っ、ナオ」
「あぁっ、ン」
イく瞬間、ずるりと引き抜かれたペニスから弾けた白を胸の辺りまでかけられて、また軽くイってしまうような淫らな俺に、警察官なんてできるわけがない。
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