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第23話 親の居ぬ間に仲直り
「明弘さん、この分翻訳終わりました。確認お願いします」
「あぁ、ありがと」
ビジネス英語でもなんでも、言葉は言葉だから。使ってるうちに慣れてくる。最初の頃に比べると格段に仕事のスピードはアップしたと思う。
「…………うん……うん、いいね。このままで」
「! ありがとうございます。そしたら、これ、データ圧縮してメールしておきますね」
「あぁ」
「あとは、もうないですか?」
「あぁ」
そしたら、これでバイトは終わり。今日だけじゃなくて。バイト終了。そして、旅行代金が――。
「はい。お疲れ様」
「ありがとうございます」
金額確かめる? と、言ってもらったけれど、時計を見ると、そろそろ行かないといけない時間だった。
「大丈夫です。ホント、ありがとうございました。全然、あんま期待していただけたほどには」
「いや、そんなことない。そんで、給料、少し色つけておいたから」
「え? え、そんな、悪いですよっ」
ボーナス、って笑ってるけど。いや、だって、そんなに本当に役に立っていたとは思えない。
「いや、いいんだ。本当に助かったから。それでさ連休だけじゃなくて、都合のいい時だけでいいからバイト来てくれないか?」
「ぇ……」
「正直、他が見つかりそうもない」
「あはは」
たしかに。あのマンションっていうのがね。なんか、ヤのつくお仕事の人もさ、マンションの一室を事務所にしてるイメージがあったりするから。
「考えてみて。毎週とかじゃなくていいし、大学が早く終わった時にでもふらりと来てくれたら」
「……」
「そしたら俺は資料の整理をしなくて済む」
どうだ名案だろう? って笑顔をされて思わず笑ってしまった。
ぶっちゃけてしまえば、俺こそ助かるんだ。時給いいし、そんな時間の都合も考慮してもらえるし。
答えに戸惑っていると、明弘さんがカズに少しだけ似た笑顔を向けていた。
たぶん、稽古が終わった頃だ。それなら、道場に行くよりも、うちで待っていたほうが無駄がない。
「ただ、いま」
「おかえり、って、なんでそんなびっくりするんだよ」
カズは、階段を椅子代わりにしてスマホをいじっていた俺を見つけ、身じろいだ。。
「短期バイト終わったのに」
「……」
「今日、母さん、帰り遅いのに」
「は?」
知らなかったんだろ? 不貞腐れて、仏頂面のまま、ふらりとうちを出たんだろ? そう、遅いんだ。母さんは。
「けど、今日は父さんが日勤」
だから、時間があんまないのに。
「カズ」
「!」
手を引っ張ったのは俺。だって、時間があんまないから。
「ちょ、ナオっ」
部屋に連れ込んで、キスをした。時間が……ないから。
「怒りたいのはこっちだ」
「!」
「オナニー禁止っつったのカズじゃん。それなのに俺のこと無視してほったらかし」
部屋の中、立ったまま抱き締めて、腰を密着させると、丸わかりだ。もう、硬くしてるって。俺が。
「今日、できるのに」
「待っ、ナオ、俺、着替えたけど、汗臭いって」
道場にはシャワーなんてものはない。しかも一日剣道してたんだ。汗びっしょりだろ。
「それに、ゴム、俺の部屋」
「あるよ。ゴムなら。俺の後ろポケット見て」
ゴムなら、ちゃんと買ってきた。
「右の、……っン」
今日、バイト行く前に寄ったんだ。ね? あっただろ? 後ろのポケットをまさぐられて、布越しに揉まれて、甘い声が溢れた。
「薬局行って買ってきた」
「……」
「そしたら、カズの元カノがいた」」
「は?」
キャラが変わったの? 前は退屈そうだったんだ? 今はご機嫌なんだ?
「元カノに喧嘩の仲直り、手伝おうか? って言われたんだろ?」
「!」
「一瞬だけだけど、相談してみようかなって思ったんだろ?」
「そんなの、仕方ねぇじゃん。わかんねぇよ。初めてなんだから」
カズと付き合ったことがたとえ短くてもあるあの子は、今、このカズを知らない。
「なんもかんも初めてなんだよ」
怒って、不貞腐れて、仏頂面になるカズを。
「知ってるよ。ただのバイトって。けど、他の誰がナオのことどう見てるかなんてわかるわけねぇじゃん。考えすぎだって言われたって。俺はナオのこといつだって」
切なげに表情を曇らせて、どうしようもなく戸惑って口元を手の甲で隠すカズを。
「だからっ」
「こっち」
「……」
仲は良かったと思う。いっつも一緒にいた。けれど、やっぱり喧嘩もたくさんした。理由なんて些細なものだ。俺の算数のノートにナオがでたらめな数字をたくさん書いたから、とか。一緒に食べたかったおやつを俺が先に食べちゃったとか。その逆にカズが先に食べちゃったから、とか。
たくさん喧嘩をして。
その度に仲直りをなんとなくしてた。
握手するとかそんな大々的な仲直りじゃなくて。
「来て、カズ」
「……」
「カズ」
もういいやって。カズと話したいし、一緒にゲームしたいし、遊びたいから、もう喧嘩はやめたって。
「ごめん」
ごめんなさい、は言うけれど。
「……ナオ」
「ぁ、いいよ、怒ってない、しっ……ン、ぁ、もっと触って」
「っ」
気がつけば、いつの間にかまた一緒に遊んでる。
「早くカズ、キスしたい」
「っ、ナオっ、あんま、俺はいいって、汗すごいから」
「なんで?」
跪いて、その場でカズの股間に顔を埋めた。息を吸いながら、ちらりと上を見上げると、カズが怖い顔をしてた。怒った顔にそっくりな、けれどそうじゃなくて興奮した顔。
「ナ……オ」
「ン、ぁ……ん、む」
股間に顔を埋めた俺の髪を、カズの指が優しく掻き混ぜる。髪の中に手を入れて、揉むように髪を乱されて。
「ン……ん」
早くしないと親が帰ってきてしまうからと、これからしたいことに期待して濡れた舌先に急いでとねだるように熱をしゃぶらせた。
「はぁ? なんでだよ」
「だから人がいないんだって」
ついさっき仲直りしたはずなのに、またもやご機嫌斜めになった。
理由は、昭弘さんのところでのアルバイトが短期ではなくなったため。時間は空いてる時でいい。来た時間、帰る時間をメモしておくだけでオッケー。仕事は途切れることなく粛々と山積みになっているから、来てくれて手伝ってくれるのなら、不定期だってかまわない。そして語学に長けているという能力給のおかげで、時給はそこら辺で深夜のアルバイトをするよりもずっといい。
「バイト続けることにした」
「あのなぁ」
「心配するようなことはないし。もしも、何かを心配してるのなら、こうして確かめれば?」
「っ」
ついさっき仲直りを兼ねたセックスをしたばかり。だから、肌にも、身体の中にもカズとした行為の余韻が赤い印として、柔らかくほぐれたそこにも、残っている。
「バイト後、毎回……」
「っ」
「確かめる?」
そう言ってキスをすると眉間のシワは深くなったけれど、ずりぃと愚痴るその声はもう柔らかく優しい口調に変わっていた。
「ナオ」
弟の少し甘えた声だった。
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