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第24話 遠足
――明日は駅で待ち合わせ。
「に……しよう……っと」
送信。今はまだ授業中かな。だから返信は昼くらいにあるだろう。
「えっ!」
――わかった。ナオが先に出るんだろ? どこかで待ってて。
お前、授業中じゃないの? なんで、即既読とほぼ同時にそんな返信返ってくるわけ? どれだけ早打ちなんだよ。そして、なんでスマホすぐに見てるんだよ。
「……サボり」
「お堀?」
「うわぁぁぁっ!」
いきなり声をかけられて慌ててスマホの画面を閉じた。一瞬じゃ誰と連絡取り合ってるかなんてわからないだろうけれど。
「……司」
「何? お堀がどうしたの? 行くのか? 花見?」
「なんでもないよ。っていうか、何? はこっちだ。お前さ、自分の学科に友だちいないの?」
いるいるいるってば、なんて適当に返事をして。昭弘さんが心配してたぞ。お前はちゃんと大学で勉強してるのか? って。大学生活を心配されるとかならまだわかるけど、勉強をしてるかどうかを心配されてたんだぞ?
「それより、お前、今週末なんか予定ある?」
「えっ?」
ギクリとしてしまった。
「誕生日、一昨日だっただろ? 彼女いないお前はまた焦ることもなく、フツぅぅぅぅぅに誕生日もろもろスルーしてんだろ?」
いつもはそうだった。
「祝ってくれるの弟だけじゃ寂しかろう?」
「っ」
そう、いつも、カズはケーキを買ってくるんだ。自分の分と俺の分。二つだけ。
――これ。おめでと。
それだけ言って、部屋に置いていく。俺はそれをいつも少しほろ苦くも思いながら食べてたっけ。弟として兄を祝ってくれるカズはいつまでこれを続けてくれるのだろうって。
いつまで、俺はカズの兄でいるんだろうって。
兄らしからぬ感情を抱いている俺は、いつか突然、兄とは思ってもらえなくなるかもしれない。
そう考えては口の中のケーキをほろ苦く思ったけれど。
でも、今は……さ。
「はい? なんで急に赤面?」
「! は? してないっ」
「いやいや、真っ赤だから」
旅行に行くんだ。明日から。カズと二人で。
――あ、母さん、俺、今度、一泊二日で週末に旅行に行ってくる。あー、司って覚えてない? 高校も一緒でさ。そいつ含めて高校の時に奴らで。
親には司と行くって嘘をついたから。けど、司本人にはそのことを言ってなかった。協力してくれ、なんて頼まなくても大丈夫。もう大学生の息子の旅行メンバーに挨拶なんてすることはないから。そう思って、言わずにいた。
「誕生日でついに二十歳なんだし、ぱぁっとさ」
「あー、ごめん」
「ほえ?」
「今週予定あるんだ」
「は? マジで? 誰と?」
まぁ、そう言われるよな。
「いいじゃん別に。ひ、とりだよ」
「はぁぁ?」
「っていうか、ほら、次の講義、俺、一個解いてないとこあるんだよ」
嘘だけど。次の講義で別に課題も問題も出てないし。
「ほら、司も自分の学科に戻れよ」
「は? ちょ、お前、何? 誕生日に予定って誰とだよ?」
「いーからっ!」
そう言ってぐいぐい押し出すと同時、うちの学科の学生が休憩から戻ってきたんだろう。ぞろぞろと入ってきて、実際、よその学科の学生である司は席を譲らないといけなくなった。
嘘、下手……かもな。
カズにそう言われたけど、たしかに、ちょっとなんかこうもっとマシな言い方がさ、カズならできたよな。
――あ、母さん。俺もその週末いない。同級生とバーベキューしようって話になって。大丈夫、テントとかもう友だちが用意した。俺は食い物とか持ってく係だし。野宿だから節約でスマホの電源切ってることがあるかもだけど、そういうわけだから。
しれっとした顔してたっけ。
講義が始まる直前、そんな嘘の上手な弟からメールが届いた。
――忘れてた。俺、でかい鞄持ってくから、何か持っていきたいものがあったら、夜、俺の部屋に持ってきて。食糧調達係ってことになってるからデカすぎるバックでも変じゃないだろ?
「……俺だって旅行って言ってるんだから、鞄持ってくっつうの」
カズのほうが嘘が上手すぎて、フォローがしっかりすぎてて、どっちが兄で弟なんだかって、内心少し拗ねていた。
部屋では浴衣だから翌日の着替えくらいかな。それだって、中のTシャツだけ替えれば済むかもしれない。旅館ついたら、とりあえず温泉街と近くにある観光地ちょっと巡るくらい。チェックアウトギリギリまで部屋にいるだろうし。だから、荷物は翌日のTシャツとかと、あとは、使いかけの――。
「っ」
そこまで考えて、一人で赤面してしまった。
だって明日からの予定を考えたから。ほぼ部屋の中にいると自分なりに予想してしまっていたから。ほとんど部屋で、カズと二人っきりでいるつもりでいたから。使いかけのゴムを持っていこうと思ったから。
「そ、そうだ。あと、は……」
寝癖直し、かな。慌てるのやだから部屋に持ってきておこう。そう思って洗面所に取りに行くと、カズとばったり遭遇した。階段の下から上へあがるところがったカズと、下へ降りようとしてる俺。
「明日の旅行の準備?」
「あ、うん」
「いってらっしゃい。気をつけて」
「あ……うん。いってきま、!」
下に両親がいる。今日は二人とも揃ってた。
(ね、ゴム、この前の残りあるじゃん? ナオ持ってって)
「っ」
(足りなくなったりして)
俺が上で、カズが登ってくるのを待っていた。ゆっくり階段を上がってくるカズの横を通って下へ降りようとしたところで、手を引っ張られ、耳打ちでからかわれた。
ゴム、まだたくさん入ってるのに、足りなくなるかもしれないなんてさ。わざと耳元で囁いてくるんだ。
そして、やっぱり嘘が上手な弟に翻弄されて、嘘が下手な俺はこの後、真っ赤になりながらゴムを自分が明日持っていく鞄の中に詰め込む。
明日の自分を想像しながら。
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