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第31話 しとしと、ぴちゃくちゅ
もう梅雨入真っ只中だ。
講義が終わって廊下に出ると、朝からしとしとと小雨が続いていて、冷たいタイルの床さえ湿気てる気がした。
梅雨時期の稽古って好きじゃなかったな。竹刀が少しだけ柔らかくなるように感じられて、集中できないんだ。道着の中に篭もる湿気も邪魔で仕方なかったっけ。
それなのに六月に大会があるからさ。稽古量が増して、普段以上に疲れるんだ。
「おーい、直紀―!」
「……司」
「昼飯、俺、何にしようかなぁ。カレーもいいなぁ。直紀も食べに行くだろ? 」
「あ、うん。それと、これ」
「?」
お土産は帰りにチェックアウトを済ませてから駅で選んだんだ。
「美味いらしいよ。海鮮ラーメン」
「あ、おぉ、サンキュー、って、そうだ! お前、週末の旅行!」
部屋からは夕食以外、一歩も外に出なかったから。お土産も後回しにして、セックスしてたから。ずっとずっと、キスをして、愛撫を繰り返して、セックスしてた。
帰りに少しだけ散歩はしたけれど、お互いに眠くてさ。でも、電車の中では眠れなかった。隣にいるカズを意識してて、目は瞑っていただけになった。
カズは、どうだっただろう。静かだったけれど、寝てたのかどうかはわからない。
「楽しかったよ」
「いや、楽しかったとかじゃなくて、誰と行ってたんだよ!」
「んー……」
「お前、そういうの、今まで……ちっとも……」
湿気、やっぱすごいな。
「全然……」
髪が湿気る。肌も、なんか濡れてしまいそうだ。
「……直紀?」
「ほら、司、カレー食べたいなら急がないと」
「…………ぁ、あぁ」
雨、夕方には止むんだっけ? 今日はバイトもあるし。それに、剣道の稽古があるんだ。カズは。湿気てるとイヤだろうから、雨止まないかな。そう思いながら、廊下の窓の外を見上げると、どんよりと灰色をした雲がびっしりと空を覆い隠していた。
高層マンションの最上階、廊下を歩いていると雨の音はほとんど聞こえないんだ。道路に落っこちる雫の音がこの高さじゃ聞こえないからだ。だから、雨の落ちる、空気を僅かに乱す音がするかしないか、そのくらい。
とても静かだった。
「よぉ」
「……こんにちは」
チャイムは下の正面エントランスで一度押してる。だからか、部屋の手前、玄関ドアのところでもう一度押すと、インターホン越しの返事はなく、すぐに玄関ドアが開いた。
「……今日、来客の予定なしなんですね」
「あぁ、よくわかったな」
「だって」
言いかけて、自分の顎を指差した。
だって、髭が生えてる。そう手振りだけで教えると、明弘さんが苦笑いを零しながら部屋へと通してくれた。
相変わらず部屋の中は綺麗なのに。
「資料、すごいことになってますよ」
「あ、あぁ」
一角だけがごっちゃごちゃにファイルの山になっていた。
「また新しい案件が来たんですか?」
「……」
「ファイルとりあえずいつもみたいに片付けますね」
「……」
「あ、それと」
海鮮ラーメン。
「お土産です。インスタントなんですけど、美味しいってお店の人がすごい勧めてきたんですよ」
「……」
「もしよかったら」
両親にはラーメンじゃなくて、同じ棚にあったスープにした。伊勢海老のダシが入ってるって書いてあったから美味しそうだなぁって思って。
もちろん、駅で買ったんだ。全部同じ場所でいっぺんに買った。
「和紀、お前……」
「? はい」
普通にいつもどおり片付けていただけなのに、とても驚いた顔をされた。そのことにぽかんとしてしまう。
「あの、何か?」
「あ、あー……いや、あー、まぁ……」
「?」
明弘さんが一つ深呼吸をした。そして、ボサボサだった髪をもっとくしゃくしゃにかき乱して、難しい顔をする。まるで全く携わったことのない専門文書ばかりが並ぶ英文を目の前にしたみたいに。
「なんでもない……今日は、夕方までだっけか? そしたら、そのファイル整理だけ頼む」
そう言って、パソコンのあるデスクへと腰を下ろした。
「はい……整理しときます」
そうなんだ。今日は夕方まで。カズが剣道の稽古があるから、その間までにしたいんだ。
「マジで、勘弁しろよ、ったく」
くちゅりと甘い音。
「マジでっ」
「ぁっ……カズ」
外はしとしと雨だから、こんなやらしい濡れた音は掻き消せない。
「しー……ん、ンくっ」
静かにって、唇に触れるぎりぎりのところで囁いたら、カズに噛み付かれた。俺が悪いわけじゃないの叱られた。
「っんで、今日に限って」
「あっ」
剣道の稽古が長引いたんだ。先生に居残りさせられて、俺は道場近くのコンビニで待ちぼうけ。
「あっ、ン……カズっ」
もっとしてって、内緒話のように耳元で囁いた。
「んんんっ」
そんな激しくしたら、声が出るってば。
「ぁっ……」
カズはマシだろ。稽古して身体動かしてたんだから、まだいいじゃん。
俺はずっと待ちぼうけ。ずっとずっと雨の中、店の中にいるのも気が引けて、外の端っこ、屋根の下で待ってたんだ。
「ぁ……声」
「っ」
齧り付くようにまたキスをされながら、今度は激しく奥をペニスで攻められる。
ずっと待ちぼうけだったんだ。カズにこうされるのを待ってたのに、ちっとも稽古が終わらないからずっとずっと待ってた。
今日は母さんが遅番の日だったから、セックスできると思ってさ。
「ぁ、ン」
今もしてるけど。
(そこ、気持ちイイ)
「ナオっ」
「あっ!」
床の上で自分のシャツで口元を押さえながら、バックで激しくセックスしてるけど。
「カズ……」
「っ、っ、!」
「カズっ」
声、聞きたい? 気持ち良さそうに啼く俺の声。
「あっ、ンっ……」
俺も声出したい。気持ちイイって、もっと突いてって、やらしい声で喘ぎたい。
(あ、カズ、もう、イちゃうっ)
けれどそれは叶わないから、耳元で小さく小さく、啼いて孔を締め付けた。
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