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第33話 恋人イチャイチャ
色んな人が同じあの歌を歌ってた。ネット上の動画でタイトルで検索するとたくさん出てきてた。
「……あり……ふ……て……」
毎日聞いてる。カズが聴いてるっていう人のをずっと。甘い声なんだ。声を伸ばすと少し掠れてくのが色っぽくて。
外ではコードのあるイヤホンで聴いて、部屋ではカズのイヤホン。
もう丸ごと歌詞を覚えられてしまいそうなほどずっと聴いてる。
「ただいまー」
「ぁ、帰って来た」
「……カズ」
「おかえり」
びっくり、した。カズがリビングにいた。
「ね、勉強見てよ、おにーちゃん」
そう言って笑って、食べかけのクッキーを口に咥えたまま半分割って、俺に食べさせた。
「俺、天才でしょ。勉強見てよって言ったらさ、俺がナオの部屋に篭もる理由になるじゃん。花の受験生だし」
邪魔もされないだろう。そして、今から兄の部屋で勉強をするっていうアピールのためにリビングで俺が帰ってくるのを待っていた。
たしかにそしたら二人で部屋にいくら篭もってても不自然じゃないけれど、でも、普段涼しげな顔をしているカズがとても楽しそうに笑顔で、たまに鼻歌まで飛び出すほどの上機嫌で勉強……っていうのが、そもそも不自然な気がする。
しかも教えてもらうのは、一流大学には行かなかった長男。
「ね、明日、ナオの誕生日じゃん。何か欲しいもの……って、何してんの?」
「? 何って、勉強、見るんだろ?」
テーブルを出してると不思議そうな顔をされてしまった。
「? 勉強机のほうがいい?」
「いや……そうじゃなくて」
どちらでもいいけれど、ってテーブルを広げずに止まって待っていたら、ふっと笑われた。
なんで笑うんだって顔をしかめるとテーブルがいいと広げるのを手伝ってくれる。少し重たいはずのテーブルなのにカズは軽々と持ち上げてしまうんだ。
「はい。セットしたよ」
「あ、うん。そしたら、どれから教えるの?」
「じゃあ、数学」
「いいよ。俺、数学得意」
「知ってるよ」
テーブルなんて軽々に決ってるか。だって、俺を抱く腕はとても強くて、男の俺を簡単に捕まえるんだから。
「って、お前、俺に教わる必要ないじゃん」
「まぁね、成績超優秀だから」
「あっそ」
何にも教えるところなんてないじゃん。スラスラと問題を解いてくのをただ眺めてるだけ。綺麗な字、けれど、跳ねたりするのが大きくて、なんかカズらしい字がつらつらと綴られていくのを眺めてた。
「だって、ナオの後を追いかけてくのには偏差値上げておかないと。高校だって、剣道だって、全部、ナオの後追いしてたんだ」
「……」
「ね、なんで、大学変えたの?」
大学を変えたのは急遽だった。最初に志望していたところよりも下げたんだ。
「いきなりテストの点めっちゃ悪いの取ってきたじゃん」
大学を下げざるを得ない状況を作るためにテストをわざと間違えて、ほんの短い期間だったけれど、少し周囲をざわつかせたから。両親はさぞ慌てただろう。でも、それでもいいからって思ったんだ。
「距離取らないとって思って」
「……」
「カズから」
「今は?」
じっとカズの手元ばかりを見てたから気がつかなかった。問われて顔をあげたら、カズはこっちを見つめてた。目が合うと、心臓はやっぱり高鳴る。
「今は思ってないよ」
恋しいって、鼓動がさ、踊るんだ。
「ホント?」
「本当」
「……」
「カズ、さっき誕生日のこと言ってただろ? 俺の誕生日、何が欲しいって」
「? うん。なんかあるんなら……」
勉強、俺が教えなくてもお前ならどこの大学だっていけるだろうから、休憩してもいいと思う。だからさ。
「ちょっと」
「ナオ?」
隣に座って。脚を開いてもらって。
「脚、こうね」
「……」
「そんで」
その間に座った。座って、膝を丸めて腕で抱えるように小さくなった。
「誕生日、欲しいものって言っただろ?」
「……」
「だから……」
「こんなの欲しいの?」
こんなの、なんかじゃない。
「ずっとこういうの夢っていうか、してみたいって思ってたから」
「ただこうしてんの?」
「そ、そう」
子どもっぽいと思っただろ? けど、仕方ないだろ。夢、だったんだから。
「やらしいことせずに?」
「せ、せずにっ」
「……」
「こ、これだって俺にとっては充分夢だったんだよ。弟相手にこんなのできないだろ。どう言い訳したって」
兄はここに座れない。
「弟相手なんだから、遠慮することないだろ。兄に跪けとか言って人間椅子にすればいいのに」
「何、その暴君キャラ」
「いいじゃん。俺、ナオにだったら喜んで爪先でもどこでもキスするよ」
「バカ」
「そ、兄バカ」
座らせてもらえるだけで夢のよう。まるで恋人のような甘さは妄想の中では何度もしたけれど。
「だから、おとなしくここで人間椅子になってあげるよ」
「うわぁ!」
ちっともおとなしくないじゃないか。膝の間に陣取った俺を力強く引き寄せて、半ば強制的に、自分のものだと主張するように背中を預けさせられる。
これは俺のだって言うように腕に閉じ込めて脚の間に挟んでしまい込む。
お互いにさ。
腕で引き寄せられ、背中に丸ごと寄りかからされた。本当に暴君のようにカズを椅子の背もたれにしている。
「ぉ、重いって」
「重いわけないじゃん、いっつも俺、あんたのこと抱いてるから知ってるでしょ」
「っ」
背中が火照る。触れたところ全部が熱くなっていく。
「欲しい物なんて、ないよ……」
「ナオ?」
「物なんて、ない」
「……」
一番欲しいものならもうすでに――。
「カズこそ、欲しいものとかさ」
「あったよ」
「は? 何? なんかあるの?」
「あった。ずっとずっと欲しかった」
「……」
その瞳には何が映ってるんだろう。腕の力が強すぎて振り向けないじゃん。顔、見たいのに。
「言ってもいい?」
「っ、ダメ」
「すげぇ綺麗でさ」
「カズ」
「いっつも目で追いかけてた。俺にないものばっか持ってて羨ましくて、いつの間にか欲しくてたまらなくなった」
「っ」
腕の力が強くて。
「髪も瞳も、肌も、声も、全部……」
熱くて、動けない。
「俺のものにしたくなった」
「……」
また腕に力を更に込めるから、思い出すだろ。あの瞬間、頭が真っ白になって、内側であばれるカズの熱のことしか考えられなくなる。
「ね、カズ」
「?」
「やっぱ、もう一つ欲しいもの、ある、んだけど」
この力強い腕の中で何度も俺は快感に蕩けたから。
「……何?」
「意地悪すんなよ」
「意地悪はしてないじゃん。訊いただけ」
「っ」
今、また一つ増えた欲しいもの。
「言ってよ。ナオの欲しいものなら、なんだってあげるから」
それ欲しさに身を捩った。手を伸ばして背後にいるカズの懐をまさぐった。
「欲しい、のは……」
それに触れたくて手を伸ばした。
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