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第35話 不健全な
「……ン」
重さにみじろぐ。
「……」
腕、カズの腕だ。
寝ちゃったんだ。あのまま、セックスしたまま。考えるとそれってけっこう恐ろしいことだ。だって、両親が部屋を万が一開けてしまったら、裸のままベッドで抱き合って眠るところを見られてしまう。普段、もうそんなふうに自室にいきなり入ってくるようなことはなくなったけれど、でも絶対とは言いきれないことだから。
もっと、気をつけないと。
「……カズ」
「……」
「カズ」
何回か呼ぶと、まだ眠たいんだと顔をしかめて、平ったい俺の胸に顔を埋めてしまう。
「こら、起きて、カズ」
「んー……」
「んー、じゃなくて、ほら、部屋戻らないと」
「……」
朝になるから。母さんがバタバタと家の中を歩き回っている時、俺の部屋から出てくるカズが見られてしまうかもしれない。だから――。
「勉強してたら、寝ちゃいました……」
「カ、……ン、ふっ……ん、ん」
寝惚けた舌にまったりと口の中をまさぐれて、ぞくぞくしてしまった。まだ昨日したセックスの余韻が色濃く残ってるんだ。この身体の中に、たくさんカズのを注いでもらったから、染み込んでしまってる。カズの体温が。
「そういうことにしとけよ」
「んっ……ぁっ……カズ、だめっ」
「無理……」
それに、寝起きの体温は温かくて、離れがたくなる。
「勃起した」
六月じゃ、まだ朝は清清しくて、布団の隙間から入り込んだ外気のせいで、離せなくなってしまう。
まだ、温かいとこにいたいって、身体が自然と擦り寄るんだ。
「させて」
「ぁっ」
愛しくてくっつきたくなる。
「カズ」
「ぁっ……ん」
くっついて、離れることなく絡み合っていたい。
「あぁぁぁっ」
ずぶずぶって、捻じ込まれたくて、身体は易々と理性を手放して、脚を広げた。
結局、カズはそのまま俺の部屋で一晩を過ごした。朝、母とニアミスすることなく、スッと部屋を出て、素知らぬ顔でそれぞれ朝の支度をしていた。もちろん母には気づかれることなく、朝、用意してくれた朝食を三人で食べて。
父さんは、朝食の前に急な呼び出しがあったらしく仕事に早めに向かった。
――え? 何時頃?
――んー、明け方だったかなぁ。わからないけど、私も身支度手伝っててバタバタしてたから。
それを聞いた瞬間、生きた心地がしなかったんだ。身支度を整えて、父さんが明け方仕事へ向かった。俺たちは明け方、セックスをしていた。
たぶん、身支度を手伝っていた母がいつもと何も変わらなかったから、気がつかれたりはしてないだろうけれど。もしも、知られてしまっていたら、あんなふうに普段どおりになんてできそうにない。母はそういうの不器用な人だから。
それにしても心臓に悪かった。本当に実家を出ることを考えたほうがいいのかもしれない。
俺も嘘が下手なんだっけ。
母さんに似たのかも、そういうとこ。でも、ちゃんと気をつけないと、父さんは――。
「ふわぁ」
「よ! 直紀!」
「…………痛い、司」
梅雨時期、今日は珍しく快晴で、その朝日が寝不足なせいでやたらと眩しく感じる。空を見上げ、あくびをしかけたところで、後ろからいきなり激突され少し体がよろけてしまう。転びそうになった寸でのところで、タックルをした司が慌てて伸ばしてくれた手に助けられる。
「おっとっと、ギリギリセーフ、何? 寝不足?」
タックルとかさ高校生じゃないんだから。
「……別に」
「ずいぶん眠そうじゃん」
朝方にもしてたから、あまり寝てないんだ、なんて。
「べ、別にっ」
「……ふふーん、お前、昨日はしっぽりデートだったんだろ!」
「は? なんだそれ」
「いいからいいから。お付き合いしたらそういうのあるでしょー。っていうか今まで溜め込んでたほうが不健全なんだって」
司は朝っぱらから大学に向かう道で、行き交う人がいるのもかまわず清清しい声でそう言い放った。
「だって彼女できたんだろ? 愛ある性行為は、健全」
「……」
「まぁね? そんな寝不足になるくらい致しちゃうのは、まぁ、けど、若気の至りってことで」
愛があるのなら、セックスは……健全?
「っていうかさぁ、お前、そんな気配これっぽっちもなかったじゃん。いつの間になんだよー」
そもそも「彼女」ではない場合はどうなるんだろう。不健全?
彼女ではなく彼なら、不健全?
じゃあ、もしも、もしも、その相手が。
「紹介しろよー」
その相手が兄弟だったら?
「そんで、彼女の友だちも紹介しろよー」
そんなの決ってる。そんなのは不健全に決ってる。
「やだ」
「あ! そういう意地悪はいけないんだぞ。って、そうだ! 忘れてた! お前、今日明弘おじさんとこ、行んだろ?」
「? なんで? 今日、バイト入ってないけど」
「あれ? 連絡いってなかったか。なんか急なやつじゃね? あの人、けっこうその辺がさぁ、ふわふわしてっから」
たしかに。
「もしも無理そうなら俺から断ってやろうか? バイトの予定の日じゃないんだろ?」
「いや、平気。この寝不足はそういうのじゃないよ。ただ」
「ただ?」
「弟の勉強を見てたたんだ」
「……はぁぁ?」
久しぶりの快晴は、夜、寝る間も惜しんで、家族にばれないようにこっそりとセックスに耽った俺にはあまりに清清しくて、目をあけていられないほど眩しかった。
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