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第42話 ほくろ
「おーい! こっちこっち!」
待ち合わせのファミレスに行くと司がブンブンと手を振っていた。
「外、あっつかったろ?」
「まぁね」
「いやー、マジで暑すぎる……なぁんもしたくない」
司は春に彼女ができて、別れて、今、また別の彼女がいる。今度はバイト先で知り合ったらしい。
「これ、レポートの」
「! うわ! マジでありがとー! うわぁ……すげ、お前はこれ英文で書くんだろ?」
「そりゃね」
国際系の学科だからさ。
でも、明弘さんのところで英語なら必然的に携わってるからか随分慣れてきた。四月にあのアルバイトを始めた頃より格段に英語力がついてきてたと思う。しかも卓上の英語じゃなくて、実践的な英語の力が。
「司のおかげだよ」
「いやいや、俺はなんも。バイトのほうはどう? 明おじさんって人使い荒いだろ?」
明弘さんのところのバイトはたしかに忙しくて、でも、楽しいかな。
「あの人、髭剃っちゃえばそれなりにイケメンなんだけどなぁ」
「あはは、たしかに」
「残念だよなぁ」
――司はなぁ、あの女の尻ばーっか追いかけるのをやめればなぁ、それなりにイケメンだと思うだけどなぁ。残念だよなぁ。女の尻を追っかけなきゃ、女から寄ってくると思うんだけどなぁ。
「っぷ、あははは」
「は? な、何? なんで笑ってんの?」
「いや……別に」
だって、明弘さんと司、お互いに同じようなことを呟いて、同じように溜め息をつくから、やっぱ親類っていうか血、繋がってるんだなぁって。
「……」
血、繋がってるんだなぁって、さ。
「? ……直紀?」
「…………俺とさ、カズって、似てる?」
「は? 和紀と? んー、そうだなぁ」
叔父と甥が似ているのなら、もっとずっと血の濃い俺とカズは、さ。
「んーあんま顔は似てないよな。お前は綺麗系で、和紀はカッコいい系、って、うわ、すげぇなイケメン兄弟」
「なにそれ」
思わず小さく苦笑いを零してしまう。自分のことを綺麗だなんて一度たりとも思ったことがないから。でも、カズはかっこよくなったと思うよ。ずっと見てきたから、その違いだってさ。ほんの僅かでもわかるんだ。
「あ、でも、やっぱ兄弟だなぁって思うとこ、あるよ?」
「そうなんだ」
「お前炭酸苦手だろ? あいつも苦手じゃん。味噌汁冷めてから飲むだろ? あいつもそう、それから肉まんよりあんまん派」
「全部食べ物関係じゃん」
「あははは、たしかに。だってお前ら味覚似てんじゃん」
中学からの知り合いである司はもちろん和紀のこともよく知っている。中学高校なんて一年違うだけで別世界のように感じるものなのに、物怖じしない和紀は気にもせず、一つ上の学年の教室によく顔を出していたから。ほとんど一緒に昼飯を食べてたし。しかも一つ年上のはずの司に対して、別の場所で食べれば? とか、普通に言ってのけるものだから。司はこの性格だから怒るどころか、こいつ面白いってちょっかいかけまくりで。
「あ、あともう一個あった」
「? え?」
そう言って、司がとても得意気に人差し指をピッと俺の目の前につき立てた。
「あ、ねぇ、ナオ、ここ良くね?」
カズが指差したのは今年二人で行こうと思っている海岸近くにある植物園の紹介ページ。
「カピパラいるって」
「カズ、カピパラ推しなの?」
「いや、全然」
全然っていうわりには楽しそうにそのページを熟読してるし。
「あ、ここ、カピパラランチがイチオシだって」
やっぱりカピパラ推してんじゃん。
「うわ、これ、めっちゃ美味い。何このジュース」
「夏みかん、レモンピール入りウオーター」
「うっま」
「あ、あんま飲むなよ、俺のだかんな」
――だってお前ら味覚似てんじゃん。
「気に入った? それ」
「うん」
――あ、あともう一個あった。
俺とカズの似てるとこ。
「何? ナオ。首んとこ、何か付いてた?」
「んーん」
指でつんと首筋を突付いた。
「ほくろ」
「?」
「司に今日言われた」
同じ場所にほくろがあるんだってさ。同じ首筋のところにほくろがあるんだって。
「カズにあった」
「……」
「俺にもある? ここんとこ」
頭を垂れるように俯いてみせた。首筋の左側にあるんだって。
「あるよ」
「ホント?」
「あるってば、ここんとこでしょ」
「あンっ……」
指差してくれればわかるのに、カズは悪戯を楽しむように、そこにキスをして、ほくろの上に歯を立てるから、思わず甘い声が零れた。
やっぱ、あるんだ。同じとこに。自分じゃそんなとこ見えないから、ほくろがそこにあることすら知らなかった。カズにあるのも、あまり意識したことがなかったけど。カズは知ってたんだ。俺にそのほくろがあるのを。
「だって、バックでセックスしてる時見てたもん。うなじに髪が張り付いて、すげぇエロいから」
「はっ? お前、何言って」
「ナオのそういうとこ、すげぇクル」
何がだ。そういうとこって。
カズは、わかってないんでしょ? って溜め息混じりに呟いた。そういうとこも、こういうとこもわからないよ。鈍感って言いたいんだろ?
「ナオ、誘うの上手いよね」
「は? だ、メ、だって。下に親いるだろ」
「最後までしないから、ね。とりあえず、さっきのジュースもっと飲みたい」
「っ……ン」
乳首、は、ダメなのに。可愛がられたら、途端に落ちてしまうのに。
「ね、もっと……ちょーだい」
たった一つしか違わなくて、普段はそのたったの一つ程度の歳の差なんて意に介さないくせに、こんな時だけ、年下らしさを思い切り高く掲げてみせるんだ。弟らしく甘えてみせたりして。
そして、俺が気に入った夏みかんのジュースをねだって挿入された舌先にいとも簡単に陥落した。柔らかい舌にまさぐられたら、もう、ほら、落ちた。
「ぁっ……」
そういえば、たしかに今日の晩御飯の時、カズも味噌汁最後に飲んでたなぁって、思い出した。
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