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第55話 無人島設定

 辿り着いた海辺は岩に囲まれた場所だった。着替えをしたロッカーのある海水浴場からはずいぶん離れた場所で、人もまったくいない。  真っ青な空に煌々と燃えるように周囲を照らす太陽の日差しが眩しい。肌もジリジリと焼けそうな暑さ。  海の家が近くにあるわけじゃないから、日差し避けのテントを借りることもできない。浮き輪も持ってこなかったから、少し不便だ。  俺たちだけ。でも、カズは浜辺にビーチサンダルを放り出すと、そのまま真っ直ぐ海へと向かって歩き出してしまう。 「ナオ! 入んねぇのっ?」  もう腰の辺りまで海に浸かってから、振り返って手を振っていた。  しなやかな筋肉をまとった背中が綺麗で見惚れていたんだ。太陽の日差しを浴びて、陰った背中がなんだか艶かしくて視線が追いかけてしまう。 「うん……入る」  俺もビーチサンダルをカズの隣に並べ、砂浜を素足で歩き出す。砂の上はそれこそ火傷しそうだった。  でも、波が届く辺りまで来ると、熱いばかりの砂がしっとりと濡れ、途端に違う感触に変わる。 「ナオ?」 「ぁ……うん」 「どうかした?」  振り返ると、あるのは途中で買ったペットボトルの水が二本と二人分のサンダルだけ。人もいないし、テントもない。何もない。  まるで無人島みたい。  遭難してさ、気が付いたら、この小さな浜辺に流され辿り着いたみたい。岩がそびえ立ってるから、ずっと歩いてきた道路沿いの歩道も見えないし、波の音で車の音も掻き消えて。  二人っきり、みたい。 「ナオ?」 「あー……不便、だったりしない? その、浮き輪とかないし、日差しすごいけど避けられるとこもないし。だから」 「やだ?」 「……」 「ナオがいやなら人が多いほうに戻るけど」 「あ! そうじゃなくてっ」  海から上がってきたカズに慌てた。 「ふ、不便なとこだけど、カズは平気?」 「?」 「人も全然いないし」 「……ナオってさ、そういうとこ、あるよね」  カズが笑って、押し寄せる波にも揺らぐことなくゆっくりと俺のところまで上がってきてくれる。髪から、そしてその濡れた髪をかき上げた腕から、ポタポタと落っこちる滴が太陽の日差しに反射してキラキラと輝いて見えた。 「たまに、ビビるんだ。前にもあった。夏にさ、俺が小学三年? だっけ、自転車がオッケーになった時」 「……ぁ」  あった。あれはそうカズが子どもだけで自転車に乗ってもよくなった時、二人で探検だって川へ行ったんだ。自転車だからどこまでも行けるって、どこまでも行ってみようって、冒険者の気分になって繰り出した。そして、どのくらいだったか自転車を走らせたら、どこへ繋がっているのかわからない道があった。ちょっとだけ進んでいくと、知らない場所に辿り着いたことが。  あの時も俺は躊躇った。  ――大丈夫だよ!  そう手を引っ張ったのはカズだった。 「ここじゃヤダ?」 「……」 「二人っきりがいい。ナオと二人っきり、無人島に漂着シチュ、っていうのはどう?」  途中で躊躇したのは、どこまでも進んでしまったら帰れなくなるから。でも、躊躇っても、進めるのは。 「ペットボトルだけ運良く持ってんの? 俺たち」 「そう、運良くペットボトルと、ビーサンだけは持ってた」  躊躇っても進めるのは、隣にカズがいるから。 「無人島……」 「そう、そしたらうざったい夏期講習も、そもそも受験もないし」 「大学のレポートもない」 「たしかに。あ、剣道やってたから獣来てもいけんじゃね? 倒せるでしょ」 「け、獣って何?」 「知んねぇ。無人島にいる獣……熊とか?」  熊? それはさすがに無理じゃないか? 熊に竹刀で立ち向かうくらいなら、マジダッシュで逃げたほうが生存確率は高い気がする。 「あ、あと、猿?」 「猿かぁ……」 「あと、イノシシ」 「え? 無人島って日本の?」 「ナオは海外設定?」 「いや……」  何を二人でさ、波打ち際で話し込んでんだろ。 「っぷ」 「ナオ?」 「いや、なんか、海水浴しに来たはずなのに、すごい真剣に無人島設定の話してんなぁって」  面白くない?  子どもの頃、カズといるといつもそうだった。二人ぼっちでずっと笑って、遊んでた。ずっと、いつまででも、カズと一緒にいると笑ってばかりだった。 「俺、海外で考えてた。けど、カズの日本設定にしよう。そのほうが帰還するの楽だし」  笑ってばかり。 「っていうか、ナオ、設定ガチガチじゃん。そこも真面目にやるんだね」 「だって」 「いいんじゃね? じゃあ、楽しまないと!」 「ちょっ、うわぁ!」  普通、兄を抱え上げる? 「ちょ、ちょちょちょっわっ…………」  普通、そこから投げる? 「んもー! お前、マジでっ」  海の中に投げ込まれた。そして、顔を出すと、カズが大爆笑だ。笑ってる場合じゃないだろ。こっちはびっくりしてあやうく海水飲んじゃうとこだった。  もうそこからは周囲に気を使うこともなくただ水をかけまくってた。バカみたいにはしゃいで、ずっと笑って。  ――あはは、ナオ兄ちゃん! びっちょんこ!  子どもの頃、いつもの公園で夏だけ出現する噴水に大はしゃぎした時みたいに。ずっと、笑っていた。

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