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第64話 サプライズ
今日は、カズ、塾があるって言ってたっけ。っていうか、ない日のほうが少ないんだけど。火曜と、たまに木曜が塾のない日。けれど、木曜にもその塾で勉強をしているのか帰りが遅くて。火曜は火曜で学校の用事があるとかで遅くて。
でも、今週くらいは早く帰って来ても、バチは当たらないんじゃないか、なんて。
兄として、受験生である弟を応援する家族としてはけしからんことを考えてみたり。
だって、明弘さんが仕事で海外へ渡航した。
一ヶ月に渡る長期滞在の間は大学以外の用事が、ほとんどない。
「よ、直紀!」
「……司」
「明弘さんが海外行ってるから、ぼーっとしちゃってさぁ。のんびりデートしまくってんだろー」
デートなんてしてない。
「っていうか! まだ、あの秘密の恋人との交際は順調かっ?」
なんだ、その秘密の恋人って、ノリが軽いんだよ、お前は。そんなに軽い秘密じゃないっつうの。
「なぁに不貞腐れててんだよぉ」
不貞腐れてなんかない。
「いいだろ、別に」
別に、不貞腐れてなんか……なんか、ないけど、なんか、ちょっと。九月入ってから? カズの帰りが遅すぎないかなと。
せっかく俺のバイトがないんだから、もっとさ。
「あ、そうだ、なぁなぁ、お前行かねぇの?」
もっと、二人の時間をさ。
かまってくれたっていいだろって。
「? どこに?」
「デートに浮かれるのもいいけどな。あいつ、和紀はお前にべったりだったじゃん? んまぁ、高校上がってからはそうでもなかったけど」
「はい? カズがなんなの?」
「や、だってほら」
だから、なんだよ。
「文化祭」
「……は?」
「文化祭だよ。文・化・祭!」
九月に入ってからなんか、カズが忙しそうだなぁって。二人でいる時は普通だけど、家族で晩御飯を食べ終わってすぐにスマホで誰かと連絡を取り合ったりしてた。あんまりそういうのしないほうだったから、目に留まったんだ。スマホ、しっかり持ち歩くタイプじゃないから。
そういうことにやっぱり多少さ、こう、気持ちがざわつくというか、誰と何話してるんだろうって考えてみたりして。
『俺らの高校って、九月の終わりにちゃちゃっと文化祭やっちゃうじゃん? で、十月に体育祭して、そこからはもう灰色の受験シーズン、だろ?』
「ただいま!」
「あら、おかえり」
「カズは?」
「あら、さっき帰って来たところよ? これから着替えて塾って」
『うちらの母校だし、お前は和紀がいるから遊びに行くのかと思ってた』
「カズ!」
「!」
ノックもせずにバーンと扉を開けると、ちょうどカズが着替えてるところだった。
「うわっ、ご、ごめ」
「何? なんで、慌ててんの?」
「だ、だって」
半裸にドキドキして、思わず、パッと視線を自分の足元へと向けた。
「俺の裸なんて、たくさん見てんじゃん」
「そ、だけど」
「もしかして襲いに来てくれたとか?」
「や、あの」
襲いたい、けどさ。
「なんだ、違うの?」
「し、下に母さんいるだろ」
「いてもしてるじゃん」
「っ、じゃなくて」
ふわりと微笑んで、カズが部屋の扉に手をついた。俺はその扉とカズに挟まれて、勝手に高鳴り始める鼓動のせいで頬が熱くなってしまう。
最近のカズは大人の男みたいな色気が出てきた気がする。今だって、ほら余裕の笑みでさ。
普通、いきなりあんな勢い良く人が部屋に入ってきたら驚くだろ? 「わー」とか「ギャー」とか叫ぶものだろ。それなのに慌てたのは俺で、微笑んでるのはカズで。真っ赤になったのは俺で、真っ赤になった俺を眺めて楽しそうなのがカズで。
『何? なんも聞いてねぇの? 和紀から。文化祭のこと』
なんか、少しズルい。
「……なんでもない」
「は? ナオ」
「なんでもない」
『絶対に誘われてると思ったんだけど』
文化祭、九月にあるだろ? でも、俺には言わないんだ。なんか忙しそうにしてたのだって、きっとその文化祭の準備とかしてるんだろ?
「それじゃ」
「は? ちょ、何。なんだよ、ナオ」
「塾あるんだろ? 頑張って」
「え? おいっ、何か用があったんじゃねぇの?」
思うに、高校生である自分を見せたくないとかそういうのなんだろ? ずっとお前のことばっかり見てたんだから、そのくらい簡単に見破れる。一つ、たった一つの歳の差をすごく気にしているから、高校生の学校行事なんて見せたくないし、知られたくないんだ。ガキっぽく思われたくない、みたいなのがあるって、知ってる。俺も、そうだから。
カズにニコリと微笑んで、部屋を出た。
「……」
内緒にしよう。
だって、俺も見たい。
カズの慌てた顔とか、真っ赤になって照れた顔とか、そういうの。俺だって、見たいんだ。
文化祭――去年は俺がたこ焼き屋で、カズはアトラクションみたいなの、をやったんじゃないかな。お化け屋敷とか迷路とか、そういう類の。その時は、あまり話しをしなかったから、ふんわりとしか知らないのだけれど。クラスメイトが一つ下のカズのクラスがすごい集客って騒いでたのを聞いた。
「……なつかし」
まだ一年も経ってないのに、すごく懐かしく感じた。今年の三月くらいまではここに生徒としていたのに。すごく遠い出来事で、ここにいることがとても久しぶりに感じられる。でも実際にはたった半年前にここを卒業したばかり。
「えっと、三年だから」
三年生は三階。展示とかならそのまま自分たちの教室を使ってるはず。もしもバンド演奏とかイベントなら別の場所だけど……。
「女装カフェやってまーす」
「こっちはメイドカフェでーす」
カズは三年一組だから。
「展示……なんだ……」
三年一組は何か巨大アート展示なんだってさ。参加型ってなってる。そこにいけば、カズがいる。高校生のカズがいて、俺が現れたら驚くかな。
内緒にして来たんだ。
朝も、素知らぬフリをした。文化祭があるなんてこと知りもしないっていうお芝居をしてた。
「変装のお手伝いしまーす」
いるはずのない俺を見て、驚くところが見てみたくて。
「女装、若返り、おじーちゃんおばーちゃん、なんでも変身できまーす」
照れたりするところが見たくて。
今日は、内緒にして来たんだ。
「変身のお手伝いしまーす」
カズの驚いた顔を楽しみに――。
「あの、すいません……変装ってたとえば……」
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