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第65話 秋風に
まだ半年前までは高校生してたんだから、そう変じゃない……よな?
大丈夫、だよな?
たったの半年なら誤魔化せてる……よ……な?
「……」
そう思ったんだけど、無理があった? なんか違和感がハンパない? たったの六ヶ月でそんなに似合わなくなるもの?
気のせい?
なんか、視線が刺さるような気が、するんだけどさ。一応、少しでも変身できないかと眼鏡を借りたんだけど。伊達眼鏡。なんとなく突き刺さり続けてる気がする視線をかわそうと、その眼鏡をしっかりかけなおした。
すぐにバレるとは思う。
いいんだ、別に。
バレる前提だし。ただ、びっくりした顔が見たいだけだから。
「バケツの水交換してくる。あぁ、わかった」
いた。
カズだ。
三年生は三階。一組はその一番手前。教室は階段を上がってすぐのところにある。そして、その階段を登ってる途中、柱からお目当てのカズがひょこっと出現した。バケツを二つ、手にぶら下げて。
「……いや、知らない。どっかにいんじゃね?」
教室の中にいる誰かへ振り返り、話をしながら歩いてるから、こっちを見てない。
「……すぐ戻……る……よ」
あ、こっち見た。
見つかった。
たったの三秒くらいで、バレてしまった。
「…………なっ!」
でも、その三秒、カズの目玉が飛び出そうなほど驚いた顔を見ることが叶った。
「あのー、すみません。三年一組の参加型展示ってい、」
「あんた、何してんのっ!」
本当は、カズの背後に忍びより、この台詞を言って振り向いたところでジャジャーンってして、驚かせたかったんだけど。
「よっ、カズ」
「ナオ!」
台詞はちっとも言えないし、振り向かせる段取りは大失敗に終わったけれど。
「何って、カズの文化祭、遊びに来たんだろ?」
カズのこんなに驚いた顔が見られたから、大満足だ。
「ちょっと、マジで何してんの?」
「んー? だって、九月の終わりにうちの学校って文化祭あるじゃん」
「そうじゃなくて! その格好!」
「あぁ、これ? 二年二組で変装できるんだよ。それでうちの在校生に変身してみた。変? なんか視線がさぁ」
「ちげーよ」
いや、視線が痛いんだって。けど、そこまで半年で似合わなくなってる? 違和感あるかなぁ。そう大差ないだろうと思ったんだけど。
ブレザーは暑いから、ニットベストにした。ちょうど俺が着てたのと同じ紺色のが合ったから、それを選んで。
「そういう意味じゃねぇよ。あんた、自分が有名人って知らないだろ」
「?」
「はぁ……」
そこでそんな溜め息吐かれても。
「有名人なわけないじゃん」
「知らないだけだよ。ナオはそういうの無頓着だから、自分がどう見られてるか、わかってねぇんだ」
どう見られてるか、なんてわかるわけない。どう、見えてんだよ。俺は……。
「……っ、な、何言ってんの」
カズに、どう見えてんの?
真っ直ぐそんなことを言われると、告白みたいで、さ。目、見れなくなるだろ。
「ほ、っ他にも色々あったよ。女装もできたりするらしい。そっちがよかった? 笑いは取れたかもな」
「笑い、取れねぇよ」
「えー、そうかなぁ。だって俺が」
「男に襲われるぞ」
「あはは、そんなわけないだろ」
「絶対に、可愛い」
バカなことを言うなよな。
「そんなわけ……」
バカだな、俺。そんなわけないのに、俺が女装して可愛いわけないのに。カズにそう言われて嬉しくなってしまう。
文化祭の真っ最中、廊下はどこもかしこも人、人、人で、大賑わい。そんな中なのに、ときめいて、口元が緩んでしまう。
ふやけてしまいそうになる。
「……なんか、すげぇ」
「カズ?」
「……めちゃくちゃ嬉しい」
「……」
長い、真っ直ぐの廊下を、ふわりと秋風が通り抜けていく。他の生徒の笑い声と一緒に、俺たちの隣を通り過ぎて、カズの前髪を揺らした。
「学校でさ、ナオを見てた」
「……」
「ずっと目で追いかけた」
カズが遠くを見て、嬉しそうに目を細める。
「夢みたいだ……あの時、見てたナオが今隣にいる」
「……」
「さっき、階段のとこで見た瞬間、マジで願望が強すぎて見えたのかと思った」
「……」
「ずっとずっと、見てたから」
どうしよう。
心臓が痛いくらいにときめいてる。
「制服のナオとデートとか、嬉しすぎて溶けそう」
「……と」
中学生、かな。ずいぶん幼い見た目の男子のグループが笑い声と一緒に横を通り過ぎていった。何をしても楽しそうで、走り回るだけで笑ってられるようなはしゃいだ一団。
「ナオ、こっち」
元気な彼らに激突されないようにと、カズが手を引いてくれた。
「来年、入ってくるのかもな」
「……あぁ、そっか、学校見学」
来年、ここの学校に入ってくる中学生なのかもしれない。
「めちゃくちゃはしゃいでたな」
「……うん」
「……俺も」
手を引いてくれた。その手を、まだ繋いでる。
「俺もめちゃくちゃはしゃいでる」
見たかったんだ。
カズの驚いた顔とか、真っ赤になった顔とか見てみたかったんだ。どんなふうかなって。
「……うん」
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