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第81話 恋

「ナーオ! ねぇ、これは? どこ置くの?」 「んー?」 「ねぇってば、これ! っつうか、これ何?」  いっこうに顔を上げようとしない俺に痺れを切らして、カズが抱えていたダンボールを振ってみせた。ガラゴロと賑やかな音をさせて、ほらこっちを見ろって。 「あー、それは待って、そのまま中の缶だけは棚に入れておいて」 「……何? これ」 「んー? それ?」  カズが怪訝な顔をしてた。  そりゃそうだ。指示されたとおりにダンボールを開けると中から古びたお菓子の缶が出てきたんだから。 「俺の宝物だよ」 「……これが?」 「そう」  小さな駒はカズと一緒によく遊んだもの。ヒーローの形をした小さなフィギュアはカズと毎週夢中になって見てたアニメの。マグネットはカズが俺にくれたんだ。全部、子どもだった俺とカズの思い出が詰まったガラクタ。 「……ふーん」  宝物は大事にしまっておかなくちゃ。 「ねぇ、ナオ、来週、母さんが入学祝いに皆で食べに行こうって」 「うん。わかってるよ」 「そんで、泊まっていくでしょ? って」 「んー、帰るよ」 「……」 「こっちに」  もう俺のうちはこっちだから。宝物は全部こっちに俺と一緒に引っ越しだ。 「そっか……」 「あ、カズはその日はちゃんと実家に帰れよ」 「え? なんでっ!」 「なんでって、まだお前のうちはあっち」 「えぇー」  俺は大学二年生になった。カズは超一流大学の一年生に。両親はとても喜んでいた。別段、エリート思考とか、そういうのにやたらとこだわる家ではないけれど、それでも、あの秋の、俺の成績急落は悲しかったんだろう。順調に階段をのぼっていく弟に両親は顔を綻ばせていた。  そして、俺は家を出た。  自立したいんだと告げたら、両親は頷いてくれた。大学から先は本人の自由に、と言う考えらしい。  父は……家を出たいと話した時、じっと俺の顔を見て、そうか、と言った。  頑張りなさい。自立は大変だぞ? とも言っていた。でも、それだけだった。それ以外のことは何も言わなかった。  明弘さんのところでのアルバイトは辞めた。でも、明弘さんの紹介してくれたところで本格的に英語を扱えるパートをさせてもらっている。基本在宅でできるから、大学の合間を見てって感じ。給料は前ほどの破格ではないけれど、でも、たくさんもらえているほうだと思う。  そして、明弘さんは今、海外を拠点に活動している。  春になる手前に渡米したんだ。  それもあってアルバイトは辞めたんだ。いや、どうだろう。変わらず日本にいたとしても辞めていたかな。  俺は空港まで見送りに行った時、言われたから。  ――けっこう本気だったんだ。  そう、空港で言われた。  無精髭を途中から見かけなくなったのも、資料の片付けがいっこうに下手なままだったのも、それが理由だったんだぞと笑われた。気が付かないもんだなぁって、言われて、本当に気が付いてなかった俺は。  ――俺にしとけばいいのに。  もう一度そう言われて、苦笑いをしてしまった。  俺は、カズしか見ていないんだとつくづく思ったから。俺は、カズのことだけがたまらなく好きなんだとつくづく思ったから。 「ナオ?」 「……」 「どうしたの?」 「……なんでもないよ」 「あ! 本当は一緒に俺にもこっちに帰って来て欲しいんでしょ?」  にやりと笑った可愛い実の弟に、恋をしている。 「違うよ」 「えっ! 違うの?」 「っていうか、その日は実家に帰る」 「えー! やだよっ」  駄々っ子で、我儘で、マイペースで、ヤンチャな俺の弟。 「やだじゃない」 「やだ」  でも、本当に我儘で我が強くて、駄々っ子なのは兄の俺だろうけれど。 「そんな拗ねない、だって」  兄の俺は、弟のカズに恋をしている。 「これからはずっと一緒なんだから」 「……ナ」  もうずっとずっと長いこと、恋をしていた。 「たまには親孝行しないと……」 「……じゃあ、ナオも一緒に帰ろうよ」 「んー、それはまた今度」  愛しい弟に、とても穢れた恋をしていた。 「えー、なんで」 「だって」  一緒にいたら、セックスしたくなる。  そうキスをしながら告げて、舌を入れさせてと甘えてみせた。 「……ン」  我儘ばかりを言う愛しい弟の唇に触れて、舌にしゃぶりついて、吐息ごと食べるようにごくりと飲み干す。 「ん、カズ」  唾液も何もかも、弟の全部、兄のもの。  ね? ほら、俺は我儘で我が強くて、駄々っ子だ。 「俺ね……ナオのこと、ずっと好きだった」 「……」 「綺麗で優しくて、なんでもできる兄さん」 「……」 「同じ血なのに、全然違う。綺麗でさ、羨ましくて、憧れてた。そんな貴方はいつだって弟の俺を優先してくれるのが嬉しくてたまらなかった」  同級生と遊ぶよりも、学校の宿題よりも、親よりも。ずっとずっと自分が一番だと。 「でも、俺の知らない貴方がいたんだ」 「?」 「俺は、剣道をやってる時の貴方を見て嫉妬した。あんな顔をしたところ見たことないってさ。悔しくて妬ましくて」  全部、兄のことなら知ってると思ってた。けれど違ったんだ。そのことがショックで、今まであった「兄の一番」っていう安堵感が一瞬で崩れた。崩れて粉々になって、底に残ってたのは独占欲の形をしていた。 「慌てて追いかけた」 「……」 「独り占めしたくて、ナオのことを全部知っていたくてさ。気が付いたら、自分のものにしたくて仕方なかった」 「……」 「ずっと、俺だけのものにしたかった」  穢れた恋だ。兄と弟でさ、お互いの心の奥まで、身体の奥まで、自分を捻じ込んでいく激情でできた恋だなんて。 「よかった」 「……ナオ?」 「ちょうど、今日から、本当に全部、カズのだよ?」 「……」 「俺のこと、好きにして?」 「ナオ」 「ン、あっ」  首筋にキスされただけで中がジンと熱くなる。奥のとこ、三日前にもたくさん可愛がられて甘やかされた奥が潤んで、火照ってくる。カズのペニスしか届かない、気持ちイイトコ。早くここを突いて欲しい。  ここをたくさん突かれて、蕩けたい。 「ナオ」 「来週、カズの入学祝の時は帰らないとだけど」 「……」 「今日は泊まってって」  我儘な兄はいつもそう。自分の欲しいものをくれとせがむ時だけ、甘えた声を出すんだ。可愛い弟は優しく答えてくれると知ってるからさ。こんなふうに思う存分、傍若無人なふるまいをする。  抱いてって。  たくさん、いやらしいことをしてよって。  ここでなら、誰にも捕まえられないから。鬼が二匹。ここなら隠れてても見つからないからさ。 「たくさん……しよ?」  ほらね? 優しく答えてくれる。 「カズ」  片付けなんて後ですればいい。その手で、俺を触ってよ。 「ナオ」 「ぁっ……ン」  兄の甘えた声。そして、ねだるように愛しいカズの唇を舌で濡らして、可愛い我儘ばかりを言う口に甘くやらしく噛み付いた。

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