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和紀視点 2 可愛い人
大学は難易度の高いところを受験した。どこでもいいけれど、受験に対してそう熱心じゃない、どちらかと言うと子どもに委ねているうちの親でも喜びそうな、超有名一流大学を。
「和紀、かーずきっ」
それともう一つ、ここの大学を選んだのには理由がある。
「なぁ、今夜、女子交えての親睦会があるんだけど、お前も来る? 今回、年上よ? しかも! 女子アナ! すっごくね? ほら、先輩のさ」
一流大学に行くと、こういうのもあるんだなぁって思った。女子アナと夜遊び、とかね。ここ出身のアナウンサーとかからの繋がりらしいけど。
「あー、ごめん、パスだ」
「えー、なんでだよ。お前、年上好きっつってたっじゃん」
あー、確かこの前、なんかつい喋っちゃったっけ。そうそう、年上は好きだよ。
「わりぃな、それじゃ」
けど、年が上でもなんでも、あの人が好きっていうだけ。
年上で、同性で、兄だけど、それでもあの人がどうしても好きなだけ。
「…………あ、もしもし、母さん?」
そうそう、この大学を受験したのには二つ理由がある。
「あー、あのさ、今日、また大学でレポート作成しないといけなくて」
高校から先のことは放任しているうちの親でさえ顔を綻ばせるような、超がつくほどの一流大学だったから。
「うん。だから、あっちに泊まる……うん、そう……」
それともう一つ、そんな頭の良いエリート大学なんていくつもあるけれど、その中で、一番。
「うん、わかった。ナオに伝えとく」
一番、家から遠くて、一番、ナオの住んでいるアパートに近いところだったから。
「うん。それじゃあ」
だから、ここにした。
「さて、と……レポートの提出もしたし」
帰ろうかなって小さく、呟いて、ややキモいけどさ、思わず口元が緩んで微笑んでた。だって、うちへ帰るんだから、そりゃ誰だって、嬉しいでしょ。
「ただーいま」
「おかえ、うわぁ、あっつ!」
玄関を開けるとすぐのところがキッチン。狭いけど一人暮らしにはちょうどいい狭さ。そのキッチンでナオが晩飯を作ってるところだった。
作ってるっていうか、油跳ねさせて、火傷しようとしてるとこだった。
「ちょっ!」
大学生活はかなり楽しい。
「ナオ、何してんのっ」
「だって」
「あのねぇ、そんなびしょびしょな野菜フライパンに放ったら、油はねするに決まってるでしょ」
こんなアクシデントだって楽しい。
全く何してんの? 玄関に靴放り出しちゃったじゃん。
「ったく」
大学に入って色々変わったし、色々知ることができたけど、一番、驚いたのはこれかな。
「……」
「そんな睨んでもね。っていうか、ちゃんと水で流して、油とかで火傷して痕が残ったらどーすんの?」
ナオは料理がひどく苦手だってこと。なんでもそつなく綺麗にこなす人だと思ってた。勉強もスポーツも涼しげな顔でやってしまう、皆から優秀な人だと思われてた美しい兄。けどさ、実は、料理が嘘みたいに下手くそだった。
実家にいた時は家事をそつなくこなす母のおかげで食事の心配はなく、ナオが自立してここに一人暮らしをするようになってからは外食とか弁当とかだった。俺もその時は高校生で、泊まりとかはやっぱ難しくてさ。高校以降は放任気味のうちの親は、高校生のうちはかなり口煩くて、兄のアパートだろうと泊まりはあまりできなかった。
この人が親のこととかを気にして早く俺をうちに帰すっていうのもあるかな。そういうところがクソ真面目なのは父似だって思った。
「ほら、ちゃんと水で流す」
「氷でもくっつけとく」
「そういうことじゃねぇから。火傷を冷やすのに冷たい氷を当てても意味ないんだ。流水を数分当てるのが一番良いんだよ。ほら、ちゃんと当てて。ナオの白い肌に火傷の痕ついたらどーすんの?」
でも、俺が大学生になって泊まりを頻繁にするようになると、外食じゃね……家計費的にかさばるだろ。で、料理を作ってくれたんだけど。
「? 何、笑ってんだ。カズ」
「んー?」
だってさ、あんなにかったい肉食べたの生まれて初めてだったから。めっちゃ焦げてて、玉ねぎもにんじんも焦げて部分部分が黒くなってたっけ。
――美味くないから残していい。
美味くは……なかったけど、でも、全部食べたよ。だって、貴方のあんな顔見たら、可愛くてたまらないじゃん。口をへの字に曲げて、少し自分の料理下手っていうことに悔しそうな顔をする美しい人なんてさ。
「ね、これをどーすんの?」
「あ、炒めて、それで……」
「このレシピの作ってんの?」
簡単チャプチェの作り方、だって。パッとそのレシピに目を通すと、選手交代、今度は俺が料理を始めた。ナオは言われた通り、流水で手を冷やしてる。
「もういいだろ」
「だーめだって、まだ一分くらいしか経ってねぇ。あと二分、そうしてて」
「もう充分冷えたって」
「皮膚の下冷やしてんの。じゃないと痕残る」
「……じゃん」
フライパンにレシピ通りの調味料を入れてる最中でよく聞き取れなかった。聞き返すと、口をへの字したナオが自分の手をじっと見つめて。
「お前は俺の肌にたくさん痕つけるくせに……」
そんなことを口走るんだ。
「お前、昨日、見えるところにキスマークつけただろ」
可愛い人だ。
「だって、最近、ナオに頻繁に連絡してくる奴いるだろ。だから、牽制」
「あのなぁ! そんなに、」
ここに付けといた。うなじのとこ。普通にしてたらわからない、貴方自身も気がつかない、でも、貴方を抱きたいと思っていたら、自然と目がいくうなじのラインに一つだけ。そこにまた上書きのキスをして、水で冷えたこの人の白い手を捕まえた。
「ちょうど、貴方が中イキしてる時につけたから、気がつかなったでしょ?」
「っ、ん」
「ここ」
この人が無自覚で無防備なのは治らないから、こうして俺が周囲を牽制している感じ。まぁ、実際、押し倒されそうになっても、この細い腰、白い細腕のこの人がそこら辺の男よりもずっと強いから、大丈夫なのは知ってる。
だからどちらかというと、この牽制はさ。
「あっ……ん、まだ、料理」
「できたよ」
この人は俺のだって周囲に言って回りたいだけなんだけど。
「え、もう?」
「だって調味料あえるだけじゃん」
そんな、俺の苦労はどうなるんだ、みたいな顔しないでよ。
「だから、先に付けさせて」
「あ、ちょ、待っ、ここ、キッチン」
「無理、俺、超、はらぺこ」
「あっ……ん、や、乳首っ」
可愛くて。
「舐めちゃ、あっ……んんんっ」
今すぐ口に含んで、舐めて、しゃぶりつきたくなるじゃん。
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