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一、吉夢②
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電車で四駅。ビルの檻の中から一変。長閑な無人駅をくぐり、白狼が目指すのは駅の裏にある山。三つ並んだ山は、財産価値はほぼなく管理費のほうが高くつくような、獣道だらけの人が滅多にこない山。
たまにキノコ狩りや山菜を取ろうと侵入してくる人間がいるので、迷子になられても困るから、見つけ次第帰るように促す。立ち入り禁止にしていてもこの時期になると侵入する人間は少なからずいる。
警察が介入しにくい場所であるがゆえに、その管理は大和家がずっとしてきている。
「お兄ちゃん、遭難者、遭難者」
転がるボールのように、弾んで走ってきたのは大和の妹のマリだった。
5歳になったばかりの妹が、懸命に走ってきながら耳や尻尾が飛び出てくるのを温かいまなざしで見つめ、両手を広げた。
「教えてくれてありがとう。人間だったか?」
「人間じゃなかったよ。なんか、水に濡れたような暗い赤い着物着てた。それで、耳がもふもふしてて、触ろうとしたら逃げたの」
兄の肩に上り、状況を説明してくれた。人間でないなら話は早い。きっと目的があってここに来たに違いない。
「案内してくれるか? 逃げた方角」
「いいよ。マリ、匂いを覚えてるもん」
鼻を何度もピクピク動かしながら、真ん中の山を指さす。
三つ並ぶ山は、簡単な名前をしていた。白山、銀山、黒山。色が濃ければ濃いほど、珍しい貴重種が集まる。
白山は人間と共存したい物の怪、人外が集まる。上手く変化できない妖や獣が逃げ込む場所でもある。
銀山は人間へ変化できる物の怪たちが集落を作り暮らしている。住む場所を追われ、逃げ込む場所であり大和家は代々、その妖たちを保護する役目を担っていた。
日本狼を祖に持ち、人間世界に溶け込み生活し、社会的地位もあり人間として認められている大和家は、人間からも妖からも信頼が厚い。
それ故に人間を憎む妖や、共存しようとする人外をよく思っていない人間や人外たちの間にはいり仲介役という大切な任も任されている。
が、その中でも黒山だけは特別だ。
黒山だけは、常に深い霧が立ち込め、山のふもとから頂上へと延々に並べられた鳥居をくぐって上に登らなければいけない。
が、そこに生き物はほぼいない。神々が休憩する場所ともいわれ、人間も人外も近づかない。
山の頂上は山紫水明、柳緑花紅、風光明媚の明媚。春容は花天月地と謳われ、神々が好む酒が沸き、季節が変わる度に宴会が行われ、三日三晩騒いだ後、人々にも恩恵が与えられると言われている。
まるでここだけ御伽の世界のよう。けれど現実にここに人外は集う。
そして今日も、銀山にやってきている。
白狼たちは遭難者の保護のために銀山を登る。
「お母さまがね、お兄ちゃんはまだお嫁さん来ないのかなって今日も心配してたよ」
「……母さんには困ったな。娘の前でなんて愚痴をこぼすんだ」
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