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一、吉夢③
おかげで母親が二人もできたようで、気が重い。女の子は言うことが、もう大人みたいで、白狼はすぐにたじたじになってしまう。
「私はね、お兄ちゃんはイケメンだから心配してないのよ。その切れ長で、守ってくれそうな目。身長だって180センチあるんでしょ? おまけにエリート。優良物件だと思うの」
「難しい言葉を知っているな」
頭を撫でると、尻尾をぶんぶん振って背中にあててくる。
「それにサドノウサギとかホンドタヌキのお姉さんとか、ケモ耳のお姉さん達にはモテモテだもん。モテないのは、お兄ちゃんの魅力が分からない人間だけ」
マリは怒っているが、白狼はその言葉で胸をえぐられている。
自分は滅多に耳も尻尾もでないし、人間世界で働いている自覚がある。自分は上手く溶け込んで、共存できていると思い込んでいる。
それにマリは知らないが、人間にも決してモテないわけではない。ただ、理由があるので積極的になれずにいただけだ。
「いた! あっち」
マリが数回鼻を動かし、耳を立てて指さす。
「どこ?」
「ガサガサ言ってる、むこう」
林の中を小さな小動物が動いている音がする。
葉と葉が擦れて揺れている先に、金色に光る小さな生き物が見えた。
「ねー、狐でしょ? 綺麗ねー」
マリは呑気に言うが、白狼は息を飲む。金色の輝く生き物なんて見たことがない。黒山に居なければいけない神々しい存在ではないだろうか。
そう思いつつ、草木をかき分けると尻尾を揺らし悲しそうに泣いている子狐がいる。
光り輝いているが、まだ小さくマリよりも幼くあどけない様子だ。
その狐は鳴いているのではなく、甲高く超音波のような声で泣いている。
「どうした? もう大丈夫だ、おいで」
優しく言ったつもりだが、怖がったのか後ろへ下がる。顔だ。自分の顔が原因だと気づくと、白狼はマリを掲げ自分の顔の位置まで持っていく。
「怖くないよ。おいで。お兄さんが保護するからおいで」
もう一度声をかけると、緊張して強張っていた子狐が少し体の力を抜くのに気づいた。
「そうだよ。おいで」
けれど動こうとしない。代わりにこちらを見ながら奥へ進んでいく。
「お兄ちゃん、私が見たのは濡れた赤い着物の狐だよ」
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