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一、吉夢④
「赤い着物の狐……?」
「そう。ほら、向こう」
さらに奥を指さすと、薄暗い地面の上に蒼白く光る白い手が見えた。
「大変だっ」
人間に変化できる狐だとしたら、きっと成人している。そして妖力の高い高貴な身分や肩書を持っている場合が多い。ましてや狐は狸と同様に変化の術に長け、狼と同じぐらい昔から人間と共存してきた。
「大丈夫ですか」
風を切るように駆けつける。すると、鼻を惑わすような甘い香りが立ち込めていた。
蒼白いが長く美しい手足、濡れたように深い紅色の着物は鮮やかな花が描かれ豪華で煌びやか。
そして金色に光る尻尾と耳を生やし、長いまつげを微かに動かしながら倒れている。
あまりの華奢さと桃色の頬と唇に女性だと見間違えた。
が、手を伸ばしたその狐の胸元が平らで、着物の着方が女性の着方ではないのに気づいた。
「……て」
伸ばされた手は、氷のように冷たかった。微かに動いた唇の声は聞き取れなかったが、その美しい狐は白狼に抱き抱えられると安堵した様子で気絶した。
「大変だ、マリ、その子を頼めるか?」
「いいけど……でもお兄ちゃん」
マリは、立ち上がった兄を心配そうに見ている。
「どうした?」
「お兄ちゃん、耳と尻尾が出てるけど、大丈夫?」
「え?」
慌てて耳を触ると、髪から飛び出て毛がちくちくと指先を刺激した。尻尾はベルトを持ち上げ、背中から出てしまっている。
(ああ、こんな時に――)
「俺のことはあとでいい。この人を、屋敷の方へ運ぶぞ。子狐を頼む」
「はーい」
苦渋の顔を一瞬だけした白狼は、気持ちを切り替えるとそのまま屋敷へと駆けていった。
腕の中の美しい狐からは、甘く誘うような匂いがずっと消えないまま、抱きかかえて。
***
ツキノワグマ、ナキウサギ、クビワオオコウモリ、キタキツネ、朱鷺、ヒシクイ、オオルリ、ヒブナ、ギマ、エゾクロテン、そして日本狼。
絶滅してしまったとも、まだ各地に少数生息しているとも言われるさまざまな同胞たち。彼らは、生き残るために、人間との共存を選び人間に化けたり、人間と結婚し血を残したりと、自分たちの考え方で共存していっていた。
それを仲介するのが日本狼の祖、大和家。人間に化け、人間と結婚しその血を現代まで残してきた。大和家の長男の白狼は、環境庁の特別任務、絶滅危惧種の保護と共存への仲介を仕事にしている。
本人は人間のつもりで仲介しているのだが、――先ほどのようにある条件を満たすと日本狼の血が騒いで表にでてしまう。
「お兄ちゃん、子狐ちゃんが衰弱してるって。ミルクあげてもいい?」
「じゃあ俺が作るよ」
布団の上で、眠り姫のように美しく眠る狐を横目に、白狼は立ち上がると台所の方へ向かう。
***
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