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一、吉夢⑤
***
Side:末摘 蘇芳
とてん、とてん。
雨漏りの音で、まどろみながら目を開けた美しい狐は、天井を見上げた。
(……外じゃない)
疲れてもう一歩も動けないと、鉄のように重くなった身体にむち打ち、横を向く。
すると、尻尾が見える。神々しく煌く銀色の尻尾。少し蒼みかかって見えるのは、その色が澄んで美しく、汚れていないからだった。
「さ、……ご」
名前を呼ぼうと、力を振り絞った声は、音にならずばらばらに落ちていく。口の中が乾いて、声を出すだけでも辛かった。
「起きたのか?」
ふわりと尻尾が動いたと思うと、水の音がする。
「少し起きれるか? 水だ」
まだ焦点がうまく合わない中、その低くて心地いい声の元へ手を伸ばす。すると簡単に手を掴まれ、背中に手が入り込むと大きく引き寄せられた。
そしてコップを口に持ってきてくれ飲ませてくれた。
潤っていく喉とともに、まどろんでいた景色と意識がクリアになっていく。
「珊瑚……。珊瑚はどこ?」
「さんご?」
「兄さんの子どもの、珊瑚。珊瑚、珊瑚!」
「ああ、ダメだ。落ち着いて。無理したら駄目だ」
心地よい低い声が上から降りかかる。見上げると、知らない男の顔がすぐそばにあった。
鋭い双眸は迷いなく真っすぐで、優しく落ち着いた雰囲気は、気高く安心できる包容力を感じた。
「熱もあるみたいで、薬を今用意している。漢方薬なんだけど飲めるか? 飲む前に空腹だろうから食べ物も用意している」
自分よりも二倍はありそうな大きな手が額を包む。けれど不思議と恐怖心はない。この空気は居心地がよかった。
「お兄ちゃん、この子狐が珊瑚ちゃんなんじゃない?」
ミルクを飲ませていた子狐を抱えてマリが現れる。
珊瑚は哺乳瓶からミルクを懸命に吸っている。
(良かった……。無事みたいだ)
何日さ迷ったか分からない。爺やと兄の言葉を頼りに珊瑚を助け出し、ここに連れてこれたのだから自分の使命が一つ終わったように思えた。
「助けていただいてありがとう。僕は紅妖狐の長の蘇芳って言います」
目の前の白銀の狼に深々とお辞儀し、礼を伝える。
「いえ。まだ回復はしてないのでゆっくりしていてください。俺は日本狼を祖にもつ大和の家の大和白狼。そちらは妹のマリ」
「妹……」
すうっと目を細めて、可愛らしい日本狼の雌を見る。すると白狼が粥を混ぜて冷ましてくれている。
「紅妖狐とは、仲介人をしている俺でも初めて聞く一族です。蘇芳さんもお若いのに、長なんですね」
「……僕はたぶん、君より年上だと思うけどね」
若々しくエネルギッシュで、おいしそうな匂いをさせる狼に、蘇芳は意味深なまなざしで微笑む。
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