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一、吉夢⑧
「あんたねえ、こんな綺麗な子に逆プロポーズされてなんで冷静ぶってるの。澄ましちゃって。だから恋人の一人や二人も」
「母さん。蘇芳さんは衰弱して倒れていたんだ。頼むから安静にさせておいて」
白狼が睨むが、同じ顔の母親は一歩も引かない。
「わーった。この銀山の管理用の屋敷は、白狼、あんたに任せるわ」
母親は大根を刀のように片手で持ち、白狼に振る。が、目を閉じることもなく真っすぐと母を見据えている。マリは珊瑚のミルクを終え、寝そべり足を揺らしながら寄り添って眠る様子を見ていた。
「一年、 いや、二年ぐらい近づかないほうがいいかい? 三年、となれば子育ての手伝いを私もしないと」
「母さん!」
母親の暴走に大声を上げると、舌を出して逃げて行かれた。マリが慌てて追いかけていく。
「ふふ。母とはいいものですね」
「あの母を良いというのは、君ぐらいだ」
散々、あの母親の破天荒な行動に悩まされ、苦労性な性格になってしまったのだから。
「僕たちは、生まれた瞬間生んでくれた方は亡くなってるし、雌は生まれないから母親を知らないもん。短い間だけど、あの人を母と思えるの、素敵だなあ」
「情に訴えてくるのは止めてくれ。卑怯だ」
苦言を強いると、蘇芳はばれてしまったかと、小さな舌を出して悪戯っ子ぽく微笑んだ。
「君のその青白い顔が、マリぐらい顔色がよくなるまで、この話はなしだ。いいな」
子どもを諭すように言うと、冷まして食べ頃になったおかゆを再び薦めた。
蘇芳は、小さな口で懸命にお粥を食べる。時折唇に付いたご飯粒を赤い舌を少し出して取る。たどたどしいという言葉が合う。食べるだけなのに不器用で愛らしい。
それと先ほどから白狼の胸もおかしかった。
蘇芳が倒れていたその姿を一目見た時から、耳と尻尾が飛び出すほど動機が止まらず、自分の本能をうまくコントロールできずにいる。
甘い香りに捕らわれ、心と理性を揺さぶられているようだ。
一人で食べるのも心細いだろうと、補助もしつつ隣に座っているが先ほどから意味なく喉が渇く。二杯目のお茶をちびちび飲みながら、違和感を誤魔化そうとしていた。
「ねえ白狼の耳って、銀色で素敵ですね」
「……どうも」
「下の毛も銀色なの?」
「ぶっ」
ちびちび飲んでいた茶を吐き出すと、蘇芳は無邪気に声を上げて笑う。
「僕は下の毛も、金色だよ」
「……蘇芳さん、ご飯中です」
「性欲と食欲は、紅妖狐には隣り合わせの欲なので」
何を言っても蘇芳はひらりと交わし、白狼の真面目な性格を揺さぶろうとする。が、いくら蘇芳が悪戯好きでも真面目一筋の白狼は難解不落の鉄の理性を持っている。
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