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一、吉夢⑨
「ねえ、僕がご飯食べ終わったら確認してもいいよ」
「蘇芳さん、いい加減にしなさい」
ぴしゃりと拒否されて、蘇芳は眼を真ん丸にして驚いている。
「なんで? 僕、魅力ない?」
不思議そうだ。実は理性がうまくコントロールできていないから耳が生えているのだが、蘇芳には知る由もない。
「僕たち紅妖狐は、男なのに男を誘わなきゃいけないから、狙った獲物に甘い香りで誘惑するようになってるのに。僕から甘い香り、出てない?」
「……出ています」
(なるほど。これは俺の意思ではなく、発情フェロモンに当てられたのか)
堅物の白狼でも、発情フェロモンにはたびたび引っかかってしまう。自分の種族に近ければ近いほど当てられる。例えば、犬だ。特に大型犬の犬を祖に持っていたり人間に変身できる雌は、発情期時のフェロモンにはあてられる。
「紅妖狐は、階級や年齢で身に着ける赤色の深さは違うけど、発情中は皆、例外なく煌びやかな真っ赤な服で誘惑していいんだって。俺も真っ赤で煌びやかな着物で誘惑しよっかな」
からかいか本音かは判断しかねるが、白狼は無表情を徹底した。
「君の話は、落ち着いてから聞く。今後の君についてだが、アテはあるのか?」
「アテ?」
「人間としての仕事や生活に溶け込めるアテだ。うちの山には、就職訓練所がある。狐の絶滅種ならば、狐の一族が運営している会社に就職できると思うが、君には一通り訓練を受けてもらうよ」
人に化けれるようになった動物たちや人外は、人間に混ざるために変化や特殊訓練に移る場合がある。その訓練目当てでこの山に来る人外がいるほどだ。
「……僕、働いたことないよー」
「普段はどこにいた?」
食べ終わった茶碗をお盆に置くと、蘇芳は微笑んだ。
何かを隠そうか伝えようか迷い、微かに肩を震わせた。
「白翁っていう白い亀の爺やがお世話してくれたの。白狼とちょっと似てるよ。名前が」
目を伏せて、気丈に微笑もうとしている様子が窺えた。
「その白翁さんは」
「僕が珊瑚を助けに行くと言うと、この大和家に救助を求めに行くと。白翁は、もう変化できる時間も短くなってた。……ここに爺やは来てないのでしょう」
自分たちが山で倒れているのに驚き、紅妖狐と伝えると初見だと言っていた。
つまり先に出た白翁はたどり着けなかった。
「……いつごろ出発したのだろうか。ここ最近は俺も多忙で」
「二月前。僕もここまで迷っちゃったし。耳と尻尾が隠れないから獣道しか通れなかったし」
蘇芳は少しだけ微笑むと、息を軽く吸い込んだ。
「白翁は小さな村の生き神さまって言って祭られていたんだ。放っておいても人間がお供え物くれるし、屋敷も綺麗にしてくれるし不自由はなかったんだよ。子の繁栄以外」
「そうか」
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