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一、吉夢⑫
蘇芳が布団に飛び込むと、『大人しく、だ』と釘を刺されたが、布団をかけ二回あやす様にお腹の部分を叩いた。
鋭いまなざしは確かに少し怖いかもしれない。が、あの鋭さに情熱が宿ると、見られるたびに心が躍る。体中が沸騰しそうになるのだ。
廊下を去っていく足音を聞きながら、蘇芳は瞼を閉じる。
瞼に浮かぶのは、丘の上で最後に兄にあったときのこと。海に浮かぶ月が、荒々しく揺れ、空の月より二倍も三倍も大きく見える。金色の大きな入り口を、腰まで伸びた雑草の中、二人で見ていた。
蘇芳は海の向こうを、蘇芳の兄は海に映える月を見ていた。
『蘇芳。三つの山を統べる狼に会いに行くといいよ』
真っ赤な着物が揺れている。目が覚めるような真っ赤な、風に揺れると金色に輝く着物を着た蘇芳の兄が海の彼方を指さす。
『人間にも僕たち人外にも、そして神にも通じている。絶滅しそうだった自分たちの血だけではなく、他の種にも救いの手を差し出す気高く慈悲深い種族だ』
兄の言葉を聞きつつも、それが本当なのか信じられないでいた。だって目の前の兄は、自分の運命を諦め笑っているのだから。
『名は白狼。きっと僕たち紅妖狐も受け入れてくれるだろう。だから、』
――だから君の運命を彼ならきっと受け入れてくれるよ。
その言葉はきっと正しい。何度も夢で見た、兄の最後の言葉。まさに今日この日から吉夢になろうとしている。
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