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二、明晰夢(めいせきむ)

一  朝、目覚めると耳と尻尾が消えていることを願った。  しかし現実はそう上手くはいかないようだ。  起きてすぐに、尻に違和感を感じ手を伸ばし、下に敷いてしまっていたのが自分の尻尾だと知るや否や頭を押さえると、獣の耳のままで、さらに頭痛がする。  他の獣人の発情期に反応して、自分の本能が呼び起こされ尻尾や耳が出ることはあった。が、それは相手の匂いが消えたり、数分経てば慣れて消えることがほとんどだった。  なので、一晩経っても戻らないとは、自分の精神の弱さに項垂れてしまう。精神がまだ齢のだろうか。一人前まで程遠い自分に落胆が隠せない。 「お兄ちゃん、起きたの?」 「ああ。おはよう」  タオルを首にかけて長い廊下を歩く。するとマリが玄関から靴を脱ぎ捨ててかけてくるのが見えた。  今日から、あの蘇芳のためにこの銀山を管理するとき用の屋敷に泊まることにしていたが、普段使わない部屋で溢れておりまだ少し慣れない。  普段は銀山のふもとに人間と同じような200坪ほどの土地の上で一軒屋を建てそこで家族と生活していた。  この管理用の屋敷は、侵入者の見張りやけが人の手当てなど緊急時のみ。そのせいで怪我人を寝かせる部屋はあったが、白狼自身が寝る部屋がなく急遽ほこり臭い屋敷の一番隅の部屋を片付けて珊瑚と寝た。  そのせいだろうか。寝つきも目ざめも悪い。  日当たりの一番良い部屋に、珊瑚と蘇芳を移動して必要なものを揃えてあげたい。 「しかし……」  蘇芳の言動に頭が痛くなる。言動と甘い匂いに振り回される未来しかない。  もう少し彼の置かれている現状を教えて貰いたいが、隙を見ては惑わしてきそうで気を張る。蘇芳の、朝一番に咲いたような少し青臭くけれど極上の蜜のような香りは、白狼の耳や尻尾を消してくれないのだから。 「ねえ、聞いてる?」  マリが白狼の前に立ち塞がって頬を膨らませる。  全く聞いていなかったので素直に謝ると、マリは仁王立ちで言う。 「昨日、珊瑚ちゃん夜泣きいっぱいしてたね」 「え? あああああ」  台所で顔を洗おうとしていた足が止まる。すぐに部屋へ走って戻るが、珊瑚の姿はない。  昨日、蘇芳にゆっくり眠ってもらおうと自分が預かった。が、白狼は一度も夜に起きることなく朝を迎えている。

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