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二、明晰夢(めいせきむ)②

 夜泣きする珊瑚に気づくことなく熟睡してしまっていた。  タオルを肩から落とすと、白狼は自分の寝床へ向かった。  そうだ。昨日、自分が珊瑚を預かり、隣に敷いた布団に寝かせていた。ミルクを作るように魔法瓶も枕元に置いてあったはずだが、それすらもない。  急いで蘇芳の元へ向かう。 「ということは、珊瑚は」 足元でマリがくるくる回りながら、心配げに続けた。 「お母さんがね、お兄ちゃんに伝言って」 「何だ? というか夜泣きとは」  焦った白狼に、マリは冷静に首を横に振り静かにするよう促すと口を開く。 「『赤ん坊は、三時間に一回、お腹を空かせて泣くのよ。そして男はその泣き声に起きないの』って」 「なっ」 マリの伝言が本当ならば、昨夜珊瑚は何度も夜泣きをしたはずだ。倒れて本調子ではない蘇芳が、対処できるわけがない。  泣き声を長時間聞いていた、蘇芳も疲れて寝不足かもしれない。 (寝苦しいとか言いつつ、自分は朝までぐっすり眠っていたのにっ)  そこまで恥じなくてもいいと周りには馬鹿にされるかもしれないが、白狼は自分が少しでも間違えるのは許せない。 「蘇芳」 「しーっ」 ノックもせずに襖をあけてしまうと、蘇芳が唇に人差し指を押し付けて白狼を睨んだ。 「やっとさっき寝たんだから、静かに」 「あ、ああ。すまない。その珊瑚は」 「昨日ね、珊瑚の泣き声で起きたんだけど、白狼ったら隣で鼾かいてたから僕が貰ったの。すごいね、珊瑚の夜泣きに起きないなんて」 「す、すまない。申し訳ないことをした。俺が面倒をみると言っていたのに、療養中の君に全部やらしてしまった」  心から反省を述べると、蘇芳は口にこぶしを当てて、鈴が転がるような可愛らしい声で笑う。 「あはは。真っ青だ。いいよ、僕じゃなきゃミルクも飲まなかっただろうし。さっきまで寝ないからそい乳してたの。珊瑚ったら可愛いんだ。俺の胸はミルク出ないのに、必死で吸ってさ」  笑ってはいるが、目の下に隈ができている。着物から伸びた白くて折れてしまいそうな腕。何日も飲まず食わずでここまで逃げてきた蘇芳は、今にも消えてしまいそうに儚い。 とっさに眼尻をなぞる。すると時が止まったかのように、半比例して蘇芳の動きが止まる。 「蘇芳さん?」 「びっくりしたあ。とてもさり気なく触ってくる人なんですね」 「君の目が、痛々しく充血して隈ができていたから触りたくなった。後は本当に俺が見る。眠ってくれ」 「うーん。じゃあそうする」  帯をくるくると解くと、畳に乱雑に投げ捨てた。

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