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二、明晰夢(めいせきむ)⑤
「お兄ちゃん、ミルクまだ?」
「うわ、マリ、どこから来たんだ?」
「縁側から。今度はちゃんとお靴は揃えたよ。蘇芳さんが眠ってから入ろうとしたら静かになったから庭から回って様子をうかがいにきたのよ。電話中は話しかけたらだめだから待ってたの。そろそろ珊瑚ちゃんお腹空くよ」
早口で言うと、じいっと俺を見る。
「分かった。すぐに用意しよう。ミルクもオムツもマリの赤ちゃん以来だ」
「私が赤ちゃんの時も、狼の姿だった?」
「ああ。狼だったよ。でもマリはしっかりしてるからもう人型に保たれてる」
お湯を温めて、哺乳瓶を殺菌庫から取り出す。殺菌を終えたばかりだったのか熱かったがこれぐらいならばと持ち上げる。マリが生まれたときに買った小さな殺菌庫だが、まだ使えるのは助かる。
「珊瑚ちゃんは、人型になったら絶対可愛いよね。声も綺麗だし」
「珊瑚は男の子だよ」
「男の子でも可愛いよ」
マリの尻尾がぱたぱたと揺れる。珊瑚に気があるのか、珍しいから好奇心か必要に珊瑚に構っている。
銀山や白山に来る遭難者に、こうやって興味を持つのはいつぶりだろうか。兎の赤さんをみて『美味しそう。可愛い。いや美味しそう』と葛藤していた時ぐらいか。
「ねえ、私があげていい?」
「いいよ。昨日教えたとおりに」
マリは、壊れ物を触るように大事に抱える。それを見て安心し白狼は立ち上がる。
「蘇芳さんの様子を見てくる」
神が、その美しい姿から人型にしてしまった種族。
初めて見たあの時、触れたら壊してしまいそうで戸惑ったが、蘇芳の方から手を伸ばしてくれたことで助けることができた。
(だが――)
子を産めば死ぬ、という運命はあまりに残酷ではないだろうか。彼自身は神に何もしていない。だが運命には縛られる。あまりに可哀想で報われない。
行儀が悪いと怒られそうだが、襖を開け様子を伺う。すると、布団を蹴散らし、下着一枚で大の字で眠っている。
なかなか豪快に眠るものだ、と感心しつつ起こさないように布団をかけ直した。
「はく、……う」
名を呼ばれ、顔を見れば、閉じた涙が溢れ目尻から流れている。
「にい、さん」
手を伸ばされ、宙をさ迷う。
今はいない兄を夢の中で探しているのか、行かせたくなくて手を伸ばしているのだろうか
不憫に思い手を両手で掴み握りしめる。すると風船が弾けるように、いきなり目を開けて蘇芳が白狼を見た。
「す、すまない。部屋に勝手に入り剰え、手に触れた」
慌てて詫びると、蘇芳は眼を蕩けさせる。
「白狼の体温、温かい。好き」
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