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二、明晰夢(めいせきむ)⑨

「すまない。重たくなかったか」 「片手で踏ん張ってくれてたからね。でも白狼の体温は好きだから、潰してくれてよかったのに」  荒い息を整えながら、涙目で微笑む。その妖艶さに眩暈がする。 「本当は、僕の疼いている体の奥に注いでほしかったのに。キスだけで体中が蕩けるかと思った」 「身体は平気か?」 「うん。体の芯まで温まって、元気になっちゃった」  顔色も良くなり、肌色も良くなっているように思えた。  そして今にも気を失いそうなほど、眠たそうに瞼がつぶれかかっている。 「キスがこんなに気持ちがいいなら、白狼とセックスするとどうなるんだろう。運命通り死んでしまいそう」 「馬鹿なことを言うな」  布団をかけながら白狼が怒ると、蘇芳は笑った。 「ふふ。白翁みたい。僕のために怒ってくれる」 「蘇芳さん、しゃべらないでいい。眠たいなら、眠ってください」 「僕、本当に白狼に会えて、良かったぁ」  ことんと音を立てるように眠ってしまった。  急に毛並みが良くなり、真っ青だった顔色もほんのり桃色になって艶も出た。  唇が交わっただけで、こんな元気になるものなのだろうか。白狼も自分の指先を、グーパーと広げてみたら、少し痺れて力が入りにくい気がしたが、これぐらいなら普段と変わらないので問題はなかった。 「……やばいな」  これぐらいの精力を奪われるぐらいならもっと渡してもいいとさえ思った。狂わされていく。  無邪気に求めてくる蘇芳に、甘く酔わされ狂わされていく。  今も眠ってしまった蘇芳の寝顔をずっと見ていたいと思ってしまっている自分がいたのだ。 「はく……う」 「起きたのか?」  名前を呼ばれたので聞き返すが、寝言だったのか蘇芳の瞳はきつく閉じられている。 「お……う」  目じりに涙が浮かぶと、つつーっと枕に落ちて濡らしていく。蘇芳が呼んだのは、白狼ではなかった。諦めたふりをしても、自分を生まれた時から面倒を見てくれていた恩人の名前だ。 「白……おう、どこ……」  両手を上げて宙をさ迷わせる。諦めたふりをしても、夢の中で何度も何度も探している。  宙でさ迷う手が、迷子の子どものようで胸を締め付けた。 「マリ」  珊瑚にミルクをやり、寝かせてお腹をとんとんと叩いているマリが、白狼を見て立ち上がる。 「珊瑚ちゃん、寝たよ」 「ああ。母さんを呼ぶからそれまで二人で留守番を頼まれてくれないか」 「ママいなくても、マリだけでいいよ」 「マリは頼りになるが、珊瑚くんも蘇芳さんも疲れている。マリ一人では大変だからね」  すぐに来るように頼むから、と頭を撫でた。 「お兄ちゃんはどこにいくの?」 「ヒナさんのところだ。最近白山に来た人外のリストを確認しに行く」 「ふうん。いってらっしゃい」  マリは、布団から顔を出した珊瑚の尻尾をクスクス笑って撫でている。金色の尻尾が揺れるたびに太陽の光を吸収し煌めいていた。  携帯で母親に電話をしながら、白狼は白山へと向かった。

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