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三、白翁②
「私が手当てしてるけど、老亀で、低体温症、意識混濁、そして衰弱が激しくてね。此処に来たのか分からない。はっきりいえば、命の灯が消えかかっているのよ」
「今すぐ会いたい。会わせてくれ。そして医者の手配を。数百年と生きる、生き神として祀られていた方だ。命を取り留めてほしい」
蘇芳の悲しむ顔は脳裏に浮かんだ。気丈に振舞っていたが、気を張らずに済む夢の中では何度も手を伸ばし探していた相手だ。
同時に早く安堵させてあげたいと今すぐ飛び出して伝えたい衝動もある。
「手当てなら、城山の人外専用の病院へ急がなくちゃね」
「頼む。俺は蘇芳さんを連れてくるから、彼の場所を」
言いながら屋敷を飛び出そうとすれば、ヒナが袖を掴む。
「その子にとってあの老亀さまは大事ならば、会わせるのは早急すぎるわ。大切な人がボロボロなんて、たとえ心が強くても見たくないでしょ」
蘇芳のことだ。心は見せず、冷静に勤めるだろう。無理に感情を殺して一族の長を務めようとする彼に、見せられるのか躊躇われた。
「あと山から離れた場所の生物は白山の医者は詳しくないかもね。海とか深海の生き物に会ったことなんてないし。金魚とか鯉とかならあるけど」
「すまない。今は雑談を遠慮したい。案内してくれ」
驚いたヒナの目が細くすぼめられた。が、白狼は焦らされて困惑していた。一刻も早く白亀の容態を知りたい。
ヒナはこれ以上からかうこともせず、すぐに自宅へ案内した。管理用の屋敷は人の出入りが激しいので、こちらに避難させたらしい。屋敷と同じ敷地内にある、管理者用の家。ヒナの家は赤と黒の二色で統一されシックで落ち着いている。
その奥の寝室に、おびただしい数の医療書が置かれ、保育器の中に包帯に巻かれた白い亀がぐったりした様子で眠っていた。動物、人間、人外、外国語の医療書が付箋だらけで散らばっている。
「ヒナ、ここまで一人でやってくれていたのか。もっと頼ってくれてよかったのに」
「別に。この亀さまが人外だったら人間の病院に連れていけないから、調べてただけやのよ。この方、甲羅の損傷が激しくてね」
医療書によると亀の甲羅が割れると内臓の損傷も起こるらしい。点滴と殺菌ガーゼを蒔きラップを巻いて包帯でさらに巻き内臓を守っているらしい。
「素人やからここまでしかできないんよ。あとは動かせるようなら医者に見せてあげなきゃね」
ヒナは獣人で、その昔、酷い怪我を負って倒れていたところを人間に手当てしてもらったらしい。助けてもらった相手が医者で、ヒナはその人に少しだけ医学を学んだらしい。一応は、看護師の資格はある。が、人間の医大には学力はあったが入れなかったらしい。
「十分だ。先ほどの非礼を詫びたい。君の気持ちも考えも気づかずに、感情だけで失礼をした」
「ふふ。ええのよ。でも彼を会わせるか会わせないかは、貴方に任せるからね」
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