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三章 白翁③

 白翁は目を冷ます様子もない。体中傷だらけで、大事な甲羅も深い傷を負い、命を削ってここまでたどり着いた。  この彼ならば、蘇芳たちの運命についても、どうしてここまで蘇芳たちを案内したのか分かる。色々と聞きたい彼が、この様子では他の術も思いつかない。 「そうや。この白翁さま、千年以上生きてはったら神様になられるんやないかしら」 「わからないが、もしそうならば黒山の山に移した方が、空気が綺麗かもしれないってことは考えられるか」  神々しか登れない延々と伸びる階段と鳥居を潜って神の領域に連れて行くことは不可能に等しい。が、この山の真の管理者である犬神家の長ならばできるかもしれない。 「お館さまに聞いた方がわかるかもしれへんよ。私は無責任に言えない」   「ありがとう。多忙中の父には申しわけないが、緊急だからな。連絡を取れるように母に頼む」 「それがいいわね。白翁さまは私に任せて、他は何か探すことはない?」  白狼は少し考えてから首を振った。  資料には絶滅種が書いていたが、紅妖狐はもちろんなかった。  が、どの記録にも紅妖狐について記録がない。  八百万の神がいると言われているこの日本である。黒山に舞い降りたり戯れに遊びに来た神さえ記録しているのに、紅妖狐などどこにもない。  運命を神に握られてしまったゆえか、それとも誰もその存在を見たことがなく伝説上の生物だったのかもしれない。 「いや、蘇芳さんのことは内密に。俺だけで手掛かりを探してみるよ」 「なあにをそんなに肩に力入れてんの? その狐にご熱心なのかしら?」  ヒナは責任や使命感でガチガチになっている白狼の肩に、しなだれかかった。 「ヒナさん」 「あんたたち絶滅種が、子孫を残したいがために人間と共存してるのは分かるわよ。途絶えるよりは朱に混じっちゃえってね」  ヒナが言わんとしていることが分からず、眉を顰める。すると、そんな真面目な反応の白狼を見て、ヒナが嘆息する。 「どんなに人間に混ざろうとも、誇り高い狼の血は色濃く消えない。それは今の白狼を見ててもわかるし、それが運命なのかもしれないけど私は色んな人外を見てきたわ。だから知ってる」  人に化けて過ごすだけでは子孫を残せないと理解し、人間と交わうことになった。  獣と人として混ざり合い、血を残す。少なくともその考えは現在でもなお絶滅種が人と交わりながら残っているのを見ると、正解だったともいえる。  だがヒナの思惑はそこではないようだった。  しなだれかかり白狼の頬を触り、顎を掴むように顔を引き寄せる。

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