32 / 168

三章 白翁⑦

「いえ。兄の子を白翁にも見せてあげたい。イアフに連れ去られてから、白翁は自分を責めて憔悴していっていたんだ。無事に連れてこられたこと、僕が約束を守ったことを教えてあげたいんだ」  眠っている珊瑚の部屋へ行く。母とマリが寝顔を覗き込んでいたが、蘇芳は抱えようと手を伸ばした。 「だめだよ、起きちゃうよ」 「ううん。珊瑚は横にだっこして揺らしてたら起きないよ」  ありがとう、だいじょうぶだよって蘇芳は微笑む。  そして白狼の方を見た。 「覚悟はできている。そして僕は会えないことが一番つらいのも知っている。だから白翁のもとへ案内してほしい」  可愛らしい外見と消えてしまいそうな儚い雰囲気から一変。芯のある強い心が垣間見えた。  ただ種を残すためだけに存在しているわけではないと暗に言っているようだった。 「珊瑚、もうすぐ君のおじいちゃんに会えるよ。僕と君のお母さんを育ててくれた、大切な人なんだよ」  珊瑚の体をゆすりながら、蘇芳は何度も何度も優しい言葉をかける。  それはまるで自分に言い聞かせているようにも見えて、胸が痛んだ。 ***  ヒナにもう一度お邪魔したいと連絡すると、玄関を開けて待っていてくれた。  珊瑚を抱いたまま、急いで向かう蘇芳は息を切らし必死で足を動かし、焦っていた。 「白翁!」  保育器の中の、ボロボロの白翁を見て蘇芳の両目は再び揺れた。 「白翁。おじいちゃんなんだから無理しないでいいのに。自分の命を優先にしてって口を酸っぱくして言っていたのは、白翁なのに。こんなになって」  つつーっと涙がこぼれると、蘇芳は手で拭った。 「白狼。ちょっとだけ僕たち三人でいさせてくれないかな」  背を向けて表情は見えなかったが、白狼は「わかった」と短く言い素早く部屋から出る。  玄関の方へ向かうと、ヒナがリビングに手招きしてくれた。 「全然、貴方が言っていたような子じゃないじゃない。守ってあげなきゃいけない儚い子って。貴方の願望じゃないの」 「いや、俺が悪い。蘇芳さんを理解していなかった」  ただただ運命に従順に生きていると思っていた。けれどもっと人間味のある、強かさも兼ね備えた気高い種族でもあった。 「貴方、あの子に尻に敷かれるでしょうね」 「もし惹かれ合ったらそうだろう。敵わない」  だが蘇芳の運命の話が本当ならば、簡単には惹かれ合うことはできなかった。 「なにか食事でも用意しましょうか?」  ヒナも白翁の看病で疲労しているのは明白だったので、断る。 「俺が、作ろう」  蘇芳が部屋から出てくるまでに、何か身体が温まるようなものを食べさせてやりたい。  だが白狼は昨日まで仕事人間でろくな料理はもちろんしたことがなかった。ヒナは分かっていたので、料理をしたいという白狼に驚きつつも苦笑するのであった。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!