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三章 白翁⑩

 *** 「蘇芳さん、大丈夫ですか」  たらりと流れた汗の気持ち悪さに目を開けた。  目の前には惚れ惚れするような美丈夫の白狼が心配げに顔を覗いている。 「……僕の運命の、精力」 「色々混ざっていますよ」  その様子ならまだ少し大丈夫かなと、白狼が息を吐く。  椅子に座って死んでいるように意識を失っていた蘇芳に驚いて飛び込んできたらしい。 「二日も飲まず食わずで白翁さんの前に座っていたら、また弱ってしまいますよ」 「……白翁が頑張っているんだと思ったら、動けなくなっちゃった」  それであんな夢を見てしまったのだろう。  あの時、動けずにいた蘇芳のもとに、白翁が走ってきてイアフを殴ってくれたのは今も鮮明に覚えている。 『運命とはいえ、簡単に身体を許すのはいけませんっ』  白翁みたいな頑固で石頭で、しきたりにうるさい人外もそうそう居ないだろう。 「白翁ってほんとう、がんごジジイだったんだ」 「……そうですか。俺もマリによく言われていましたね」  どうぞ、と小さなテーブルごと運ばれてきたのは、野菜がゴロゴロ入ったカレーライスだった。 「君の口には少し優しが大きいかな」  スプーンを持つと、ジャガイモやニンジンを真っ二つに割りだした。 「……ご飯よりまた白狼の精力が欲しい。今度は僕とセックスしようよ」 「会ったばかりの人間に、簡単に体を許すのはいけない」 「人間?」 きょとんと瞳を丸くしてしまうと、困った様子で白狼は蘇芳を見た。 「白狼は、狼じゃないの?」 「狼の血を受け継いでいる人間だ」 「ふうん?」  白狼の言葉を口の中で転がしながら、首を傾げる。 「人間に変化できるものが人外で、俺みたいに人間と交わって子孫の血を残しているのは狼の祖を持つ人間だ」 「でも耳も尻尾もあるし、匂いも狼だよね」 「人間と血を混ぜただけで、選べる。狼として生きるか、人間を好きになって人間になるか」 「へえ。いいね、それ。選べるのかあ」  蘇芳が口を開けると、白狼は慣れた手つきで一口カレーを頬張った。ほんのり甘いカレーは、同じ姿勢で眠って固まっていた身体にゆっくり浸透していく。 「美味しい……」  涙が込み上げてくる。白翁だって作ってくれたことのない初めての味なのに、懐かしさも感じて胸から込み上げてくる。

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