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三章 白翁⑪

「……だが狼を選んだとしても、番う相手がいない。――日本にはもう、俺とマリしか狼はいないからな。人間の血の中で生きることしかできない」  兄妹で番うわけにはいかず、かといって血を残さないのも嫌だと選択できる。  人間と心から結ばれれば獣の耳も尻尾も消えてくれるが、血は残る。生まれてきた子は狼の血を引き継いでくれる。 「じゃあ僕じゃダメってこと?」 「何がだ」 「だから、僕が白狼のお嫁さんになったら僕は白狼の血を残せないから、駄目ってこと?」 「俺は――」  まっすぐな蘇芳の目を見て思わず戸惑いを隠せない。そんな嘘がつけない白狼を、蘇芳は穴が開けばいいのにと思うほどに見つめた。 「俺は、その人を好きになれば、それが一番大事なことではないのかと思っている」 「白狼っ」 抱き着こうとしたが、白狼ならば避けようと思えば避けれたはずだ。だが白狼は蘇芳の小さな体を受け止めてしまった。  耐え難い、胸を締め付けられる切なさが襲う。 「蘇芳さん、貴方は怖くないんですか?」 「怖い?」 「愛する人と結ばれて子を成せば命が消えること」  次はスプーン山盛りのカレーライスが口元で待っているので、蘇芳は口を閉じて考える。 「うーん。白狼は、蝉にも同じことを聞くの? 『数年土の中に生きていて、やっと出てこれたら一週間しか生きていられないのは怖いのか』って」  落ち着いた蘇芳の声に、たじろぐ。不安な様子は一切見せていない。 「僕たち紅妖狐はこうやってでも種を残したいって思って生きてきたから、これが普通なんだよ。愛する人と結ばれる幸せは味わえるんだから、これでいいよ」  今更死ぬことを厭わない。澄んだ瞳がそう言っている。誇り高い、神にも使役される美しい種族。自分の運命に不満はない一文字に結ばれた唇が強く訴えている。 「それより僕にもっと、白狼のことを教えてください。僕は、何でも見せるので」 「身体が良くなってから、うちの屋敷や山を案内します。当分仕事にも行けないだろうし」 「うん。じゃあ弱り切った僕に手を出さないんだよね?」 「勿論だ」  白狼が即答すると、蘇芳の目が三日月のようににたりと細くなる。 「じゃあ今夜は一緒に寝ましょうね。大丈夫。珊瑚を挟んで寝ますので」 「蘇芳さん……」 「白狼は紳士だけど、狼だから期待してますけどね」 「蘇芳さんっ」  悪戯を閃いた子供のように無邪気に笑うその姿にそれでも白狼の胸は痛む。が、すぐにあきらめたように嘆息した。

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