39 / 168
四章、珊瑚の秘密 二
「いい。誇りは捨てなくていい。譲れないものは譲れなくていいんだ」
肩に羽織るだけにとどめておけばいい、と蘇芳が着るのを止める。
誇り。
人間と血を交えておきながら誇りも何もないと思っていた蘇芳だが、白狼の真っすぐな目にたじろぐ。
「すおう。これ?」
「こら、マリ。呼び捨ては失礼だぞ」
怒られ、舌を出しながらおずおずと浴衣を差し出してくる。
紅赤の浴衣が、皺だらけのボールのようになって現れた。
「マリ!」
「ごめんなさい。でもね。珊瑚が口に咥えてたから、二人で上で寝転んでね」
「言い訳はいい。すぐにアイロンするから待っていなさい」
白狼の言葉にマリが項垂れると、尻尾を振って走り回っていた珊瑚も蘇芳の顔色を窺っている。
「いいよ。二人の匂いが付いてるし、この服でいい」
「だが」
「それにね、白狼。あの着物の干し方ひどいよ。せめて日陰で干してくれないと、痛んじゃう」
「そうなのか。すまない」
この人潔く、謝ってくれるよね。
その様子から誠実で悪い人ではないと気づく。
渡された紅赤色の浴衣は、絞り染したばかりのような皺が模様のように広がって、蘇芳はお気に召したようだ。
日陰で、袖を竿に通し広げるように干すと、白狼は観察している。覚えようとしてくれているようだ。
「僕、いいお嫁さんになりそうじゃない?」
「それはご飯も作れるのか?」
「美味しく食べる姿は可愛いでしょ」
笑顔で答えたが満足できる答えではなかったようで、白狼の顔が青ざめている。
「変なこと言った?」
「いや。ご飯は当分俺が作るので、隣で見て覚えてほしい」
「はあい」
腕に飛びつくと、白狼の耳と尻尾が針金のようにピンっと伸びた。
それがおかしくてクスクス笑うと、彼は困ったように頭を掻く。
「君もマリに負けず、手を焼きそうだ」
その言葉に少なくとも、手放そうとか煩わしいとは思っていないことを知り、ほくそ笑むのだった。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!