41 / 168

四章、珊瑚の秘密 四

「初めまして。紅き」 「あー、あー、あー」  蘇芳が『紅妖狐』と言おうとしたらその部分だけ、わざとらしく声をかぶせられる。 「こちら、普通のどこにでもいる一般的な狐で、変化の練習中で預かっています。蘇芳さんです」 白狼は嘘をつくのが下手だと一瞬で理解した。先ほどまでと違い、扇風機の羽のごとく尻尾を回している。蘇芳は思わず両手で口を覆い、笑ってしまった。 「本当は白狼のお嫁にしてもらおうと押しかけてるんですが、そういうことにしておきますね」 「蘇芳さん」 「ねえ、名月おくれって何?」  怖い見た目だと評判の白狼に食って掛かる子どもたちについつい好奇心が湧いてしまった。  蘇芳に見惚れて大人しくなっていた子どもたちが、一斉に尻尾や羽をバタつかせながら目を輝かせる。 「あのねえ、中秋の名月の日は、お山の家の玄関にお菓子が籠いっぱい置かれるの」 「それでね、家の前の籠からお菓子をもらっていっていいの」  目を輝かせて説明してくる子供たちに、蘇芳は白狼の方を見る。 「日本版ハロウィンみたいなものかな。秋の豊作の喜びを子どもたちに分け与えるとか、一年で一番美しい月を愛でるための風習らしい」 「へえ。じゃあ沢山お菓子をもらった方が嬉しいんじゃないか。僕でよければ、屋敷の門の前に準備するよ」 「蘇芳さん」  蘇芳の言葉に、子どもたちが飛び上がって喜ぶ。子どもたちが無邪気にはしゃぐ姿に蘇芳も嬉しくなった。 「やったー。わたし、お団子はいやよ。どこもお団子がおおいの」 「おれは、駄菓子つめあわせかな」 「こら。お菓子をリクエストするな」  やれやれと項垂れつつ、白狼が追い払う。 「じゃあいこう。次は白山のお屋敷に行ってみようかな」 「そうだね。鳥居に近づかなければいいみたいだし」 「ここは、あいのすだから、用がないときは近づいたら行けないみたいだしね」 意味も分からず、無邪気に笑いながら尻尾を振り帰っていく。 自分と兄しか尻尾も耳も生えた獣人はいなかったので、仲睦まじい様子の子どもたちは微笑ましい。精一杯手を振ってくれていたので、蘇芳も控えめに手を振り返した。 マリは珊瑚と再び庭を駆けずり回り、白狼はそれを穏やかな目で見ている。 「……今の子たち、誰?」 「分からないのに手を振るのは止めてください。今の子たちは白山で変化の練習中か、まだ人の姿を保てない幼い子どもたちでしょう。山で生活しているので、名月おくれはあの子たちの数少ない楽しい行事だ」 「ふうん」 「ヒナさんの地域では、『お月見泥棒』って言うらしい。『名月くれな』、とか、『名月おくれ』と地域によって言い方は違うがお菓子を強奪するのは同じだな」 「ふうううん」  偶に話の間に出てくる『ヒナ』という存在に唇を尖らす。聞けば絶滅種で高貴な種でもあり、番を持たない色気があふれ出ている美人だ。白翁を献身的に看病してくれたのは、感謝してもしきれないが、白狼にボディタッチの多いところは鼻に着いた。 「白狼は、お嫁になりたいって言っている僕の前で、綺麗な女性の名前出すから酷い人ですね」 「ヒナのことか? だが君は特別だ」

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!