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四章、珊瑚の秘密 六

「え……でも今、生えてるよ」  蘇芳と初めて会ったときは確かになかったかもしれない。が、目覚めた時には耳も尻尾も生えていた。毛並みが美しかったので覚えている。 「……偶にある。発情期の匂いに充てられる時が」 「ふうん。僕に会ったから白狼は本能が抑えきれなくなっちゃったの?」  冗談のつもりで聞いたのだが、白狼は壁に頭を打ち付けて自分を落ち着かせようとしている。 「はくろーう、もしかして図星なの?」 「そうだ、近々、ちゃんと紹介する人が来るので部屋で待っててほしい」 「誰? ってはぐらかさないでよう」 「父の秘書だ。スケジュールを調整して会う日を決めたいんだ。君について父に何か知っていることがあれば聞こうと思って」 耳を掻きながら、白狼は手を差し出す。蘇芳が手を乗せると、優しく掴み屋敷の中へエスコートしてくれた。 「聞こうって、白狼は何してるの?」 「君が死なない方法を聞きたいだけだ」 「……僕が死ななくなったら、抱いてくれるってこと? 本能がおさえきれない?」  直球で尋ねる。これまで二回聞いている言葉だ。二回ともストライクだったが白狼はバッドを振ろうともしなかった。三回目の今、振らず打てないならばアウトだ。そう確信して聞く。すると白狼は、頷く。 「君が俺の前に現れてから、耳と尻尾が消えなくなったんだ。覚悟を決めている」 「えー、嘘、どういうこと?」  嬉しくなって抱き着くと頭を撫で、耳を指先で弄り、微笑む。 「すまないが中途半端な今の状況では、不誠実になりそうなので言わない」  これには蘇芳の尻尾も大きく揺れた。もう少し鉄壁かと思っていたが、このままならいつの間にか本当に嫁にしてくれそうだと機嫌がよくなる。  カレンダーを覗く。今までカレンダーなんて気にしたことがなかったが、寝室に貼られた季節の花が描かれたカレンダーの九月を指で押さえる。 十五夜の満月が楽しみで、そこに大きくハートマークを描く。 白狼はどんな顔になるのだろう。いつも理性で行動しているような堅物だ。本能的に襲ってくれるのかと楽しみでもある。 遥か昔、兄とイアフが交わっていたのを思い出す。あの時は蘇芳は子どもで理解するのに時間がかかった。 だが今は、兄の甘い嬌声も覚えている。あれが愛する人と契るということ。お互いが欲しいと身体を重ねるセックスだ。あの行為で、相手の種をもらい子どもが宿る。 白狼は潔く裏表のない性格で、恋愛感情のない蘇芳ですら大切にしてくれている。彼の子が宿せるなら誉な事だろう。それが蘇芳の何よりも大切な使命だ。 だが――。 高級な着物を日干しもしない、珊瑚の夜泣きに気づかず申し訳なさそうに謝り、蘇芳の寝相の悪さに苦笑する。そんな彼の傍に居られる時間がわずかになるのが寂しいと思う。そう思ってしまう自分が、生まれようとしていた。 「蘇芳さん、お菓子が届いたのですが」

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