48 / 168

四章、珊瑚の秘密 十一

「ここは安全ですよ。人外は上手く変化できなかったり人間と溶け込めなくて隠れるしかない場合もあるんです。大和家は、人間界で暮らす人外も、森で生きる人外にも手を差し伸べ、全てを統べる存在。ここにいる貴方をバカ息子が報告できるはずない」 やはり烏丸は驚くほど早口で機械的だったが、並べられた言葉は信用でき安心させてくれるものだった。 「バカ息子がここの情報を漏らせば、私も大和家の秘書を辞めらざるをえない。ので、全力で阻止しますので」 「ありがとうございます」 あの男の父親なのに信じていいのだろうか、と一瞬不安になったが、淡々とした烏丸のペースに乗せられる。 「怖いでしょう。わたしは紅妖狐を見たことないですが、金髪の美麗人魚ならみたことありますよ。瞳が翡翠色で宝石みたいな存在でした」 「烏丸さん……」 「そんな相手から逃げるのは怖いでしょう。でも大丈夫です。ここは大和家」 「すいません、遅くなりました」 不安を煽られていたはずなのに、白狼が戻ってきた瞬間、ほっと安心できる空気に包まれた。 「申し訳ない。あんな奴、屋敷に入れるべきではなかった。駅の電車に放り込むように佐奇森さんに渡してきたから」 「白狼……っ」 「大丈夫です。ほら、そろそろ珊瑚にミルクを飲ませる時間ですよ」 震えていた蘇芳の手を包み込むように握ると、微笑む。 じわりと、テーブルにこぼれたお茶のように不安が広がっていた。その不安をすべて吸い取ってくれる優しいまなざしに、自然と心が落ち着いていく。 「大丈夫だよ。この人は信用できそうだし」 烏丸さんは細い糸目を見開いて、少し驚いたけれど頷く。 「わたしは大和家に感謝していますので。それで、君の願いは?」 「父と紅妖狐の蘇芳さんの運命についてどうにかできないか対策を考えたい。俺たちは自分たちで道を選び、切り開き生きてきたはずだ。紅妖狐の種族だけ運命が決まっているのはおかしい」  あってはいけないことだと強く非難する白狼に、お茶を飲みながら烏丸も頷き同意した。  蘇芳は自分や兄の運命は当たり前の、決められた運命だとわかっていた。ので、『異常』で『本当なら起こりえない』と否定する二人に、心が震えてしまう。違う運命が起こるかもしれないと、奇跡があるのだと言おうとしている。 「僕も会いたい。白狼の父親に会ってみたい。花嫁として挨拶するだけだし、それに僕も人魚について知らなきゃいけないこといっぱいあるしねえ」 へへ、と笑ってごまかすと、白狼は苦い顔をして頷く。 「先ほどの失態を挽回したい。俺が守る」 「わーい。ありがとう。じゃあ烏丸さん、お願いします」 白狼の良心を突いたのは申し訳なかったが、嬉しい誤算だった。 「了解いたしました。一応、詳細はお伝えしておきますね。では」 お茶を飲み終わると、腕時計を見る。大体、この部屋に入ってちょうど十分ぐらいだと思う。分刻みで行動しているのか立ち上がって一礼すると踵を返す。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!