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四章、珊瑚の秘密 十三
「お花、か。確かにね。鮮やかに咲いているのは、蜜を運んでほしいからだし」
「それは成功ですね。この庭の生き物はすべて虜でしょう」
「……白狼、何か悪いモノでも食べた?」
「え、そんなにおかしな発言でしたか。そうですか」
困ったような、恥ずかしそうな様子で頭を掻くと、隣に座る。
「その、元気がないようだったので」
「えー、じゃあ今の発言、全部嘘?」
「嘘じゃないですっ。本当に花の妖精みたいだなって率直な感想です」
真っ赤になって両手をブンブン振る。それに合わせて尻尾も揺れていて面白い。
片手で白狼の尻尾を掴むと、一本一本、ワイヤーのようにしっかりした毛で綿のようなふわふわした自分の尻尾と比べてみる。ごわごわしているけど、気持ちがいい。
「意外と白狼ってロマンチストなんだね」
「尻尾を触りながらなんだ。顔はこの通り怖いらしいですが。ロマンチストかもしれないですね」
人間と仕事していると怖がられると寂しそうに本音を吐露していたが、人間は分かっていないのか、それとも白狼の圧倒的な雄の匂いに蹴落とされ本能的に敗北しているのかもしれない。
本人は至って真面目で、この表面上の反応を素直に受け取り通り傷ついているが。
「この木は、桜の木なんです。春には屋敷中を桜の雨で覆いつくして、庭は桃色のじゅうたんになります」
「そう。綺麗なんだねえ」
ぷちんと花を摘む。白狼の分を作ってあげようと積んでいたのだが、突然手を掴まれて静止させられる。
「俺は、蘇芳さんがこの屋敷の四季を体で感じて幸せになってほしいと思っている」
「体で感じる?」
セクシャルな意味はなさそうだが、白狼は真面目に頷く。
「蘇芳さんは、庭に出てすぐ日陰を探して、見つけると座った。そして感動も何も感じないまま花を摘んだ。そんな気がしたんです」
一本だけ摘んだ花を眺めていたら、奪われ、そしてふわふわの耳の横に飾られた。
「ここの山は、まるで争うかのように三つとも綺麗に山は色づくんです。あなたに見せたい」
蘇芳は白狼を見上げた後、すぐ下を向く。すると耳に飾っただけの花が、風によって落ちていく。
四季は、見てきた。兄と一緒に居た時間、奉られていたあの辺境の地で見ていた。けれど蘇芳には、この美貌が時間とともに老いていく方が怖い。四季は、死期。時間を削られていく不安しか感じない。
「正直に言いますけど、本当に一目会った時から俺は貴方を見た瞬間から、このように耳と尻尾が戻らないほど貴方を思ってますよ」
「えっ」
「だからこそ、いろんな貴方を知りたいと思うし、知れば怖い。あなたが諦めているのが怖い。情けないですが、気持ちや目線がすれ違っている。引き寄せられていても――擦れ違っているように思う」
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