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四章、珊瑚の秘密 十四
子を産めば死ぬ。そう教えられたし、実際に兄を失っている。それが当たり前で、それが日常だ。染みついた習慣が、簡単に変われるはずはない。だが白狼は悲痛で、苦しそうな表情を見せる。
「貴方をこの花のように簡単に摘ませない。絶対にそう思っている」
言葉を詰まらせ、蘇芳は顔をそむける。蝶を見つけて走り回る珊瑚を見ながら上手く言葉が浮かんでこない。
ここはにっこり笑ってお礼を言うか、涙を溜めた目で見上げ抱きしめればいい。感謝して好いていると見せればいい。
騙し方は知っている。誘い方も知っている。抱かれ方も兄を見て知っている。騙そう。子種を貰うために、騙そう。上手く笑うんだ。上手く泣くんだ。頭の中では分かっていたが、蘇芳は下を向くと涙を落した。
「白狼。……白狼は幸せな場所で生まれたからわからないんだよ。本当はね、この世界はどうしようもないルールがいくつも存在していて、僕はそのルールを守っているだけ。君はそのルールが必要ない極上の人間なだけだよ」
蝶が空へ逃げていく。珊瑚は空を見上げ、寂しそうに鳴いた。
「気持ちよくしてあげる。僕、絶対白狼を気持ちよくさせて満足できる快感をあげられる。なんでもする。縛ってもいいし、薬で蕩けさせてもいい。だから、抱くだけでいい。白狼の精だけ僕にくれたら――」
言い終わらないうちに視界が遮られる。注意した本人が、花弁を舞わせて荒々しく蘇芳を掻き抱いている。抱けばいいと言ったが、抱きしめろとは言っていないのに、だ。
「蘇芳さん。何も言わなくていいです。良いです」
もっと強く、もっと痛くてもいい。身体に刻まれたくて背中を抱きしめ返す。
「絶対に奇跡は置きます。俺たち狼が血を残せたように、信じればきっと道は見つかります。だから俺は諦めない」
互いに目があった瞬間。手が伸ばされた瞬間。手を触れた瞬間。
まるで運命だと思うように、惹かれあった。それだけはどうしようもない真実。ただ白狼は、そう思った相手が命を落とす運命なのを許せない。
「俺を信じて、一緒に立ち上がってくれないだろうか」
頷けばいい。嘘でもいいから頷けばいい。そうしたら白狼は油断する。そうしたほうが、もっと早く白狼が手に入る。
疑うことを知らず、信じようとする愚かな男だからこそ、騙してでも手に入れればいい。
頭ではわかっている。ぐるぐると算盤を頭で打ちながら、なぜか騙す言葉が唇から飛び出さなかった。
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