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第五章 お月見泥棒 三

***  それからしばらくヒナが来た。白翁のお見舞いに行った帰りで、未だ意識は戻っていないが、面会がもうすぐ許可されるかもしれないと言っていた。  白狼はヒナの協力のもと、尻尾を背中に包帯でくくりつけたり、スボンの中にいれたりと試行錯誤したが、狼のワイヤーのように固い毛は何をしても主張してくる。 「スーツやなくて、和装ならば隠れることができたかもしれないわ」 「和服で出勤なんてできやしないからな」 尻尾を隠すのは諦めたのか、季節に合わない長いコートを羽織って、なるべく人に背を向けないと笑っていた。そもそも人間は白狼を怖がるので視線を合わせてくれないらしく問題ないと豪語していたが本当かは定かではない。 「あんなに苦労して変装していかなくていいのに」 「あら、それをあんたが言うのかい。小生意気やね」 珊瑚を抱きしめながら、ヒナさんが真っ赤な唇を妖艶に動かして笑う。 その赤は紅赤色に近く、自分の色のように感じ少し不快だった。それが今の自分の『普通』で、周りには『異常』のようだ。 ただただ白狼に一番近しいから嫉妬しているせいかもしれないが、どうしても彼女が好きになれずにいた。 「では行ってきます。ヒナ、蘇芳さんと珊瑚くんを頼む」 「ええ。気を付けて」 「白狼、早く帰ってきてね」  ヒナよりも身を乗り出し、腰に抱き着きながら甘えて言うと、蕩けんばかりに目を細めて「もちろんです」と白狼は笑う。  そして電車の時間を確認してから、山の坂道を大きな足幅で走り降りて行った。  走る姿だけでも格好いい。白狼が小さな豆粒ぐらいになってから、遠くで電車が線路を走る音が聞こえてきてから、珊瑚に視線を移す。 「……あのさ、ヒナさん。僕、やっぱ白狼の後を追いたいんだけど、珊瑚を頼めます?」 「追うの? あんた、電車乗れるの?」 ヒナは驚いていたが、蘇芳は堂々と首を振る。 「乗れないけど、この容姿だから人に聞くと親切に教えてくれるから大丈夫」 「いやあ、でも暁みたいに危険人物がいるのに許可できないに決まってるじゃない」 苦笑したヒナだったが、蘇芳は本気だったのか紅赤色の着物を脱ぎだした。帯を床に落とすと白狼が用意してくれた服のあるクローゼットを漁る。 「ちょっと、待って。待ってちょうだい」

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