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第五章 お月見泥棒 四
「大丈夫。僕には危険がないんだ。危険なのは珊瑚だけだから」
「じゃあ、私の服を貸してあげる。で、烏丸と奥様に相談してあげるから、ちょいとお待ちよ」
「……本当?」
こうもとんとん拍子で事が進むとは思っていなかった。ヒナは白狼の母にすぐに連絡し、白狼の母が車を手配してくれた。
蘇芳が外の世界に興味を持つことを喜んでくれたらしい。一応不安なので護衛をつけさせてくれという約束だ。
「紅赤色しか着たら駄目なんでしょう」
紅赤色のワンピースと靴をヒナが用意してくれていた。白狼が用意してくれたのは着物が多く、女性ものの服はなかったので助かった。
「九月だからまだ寒くはないけど、これ上品に見えるから」
チェックの紅赤色のストールを肩にかけてくれた。口紅とチークも塗り、大きなつばの帽子をかぶる。
これで蘇芳の尻尾も耳も隠れる。そして女装して追ってくるとは、あの堅物の白狼は思わなんだ。
「ありがとう。ヒナさん。勝手にライバルと思ってごめんね」
「あら、私は白狼さんより何十歳も年上なのよ」
年齢不詳の美貌にたじろぐ。が、蘇芳も白狼よりずっと年上だ。年齢なんて恋愛の前で関係ない。
「白狼みたいにいい男なら、好きになっちゃうでしょ。でも僕が死ぬまでは絶対に渡さないよ」
「ふふ。面白い子ね。ほら、車が到着したわよ」
人に変化できる銀山の住人と、人と獣人の間に生まれたハーフ、そんな方々が護衛してくれるらしい。それに乗り、珊瑚とヒナに手を振った。
銀山を下りながら、山のふもとの家や大和家に、大きな籠が準備され、お月見の準備をする家が多くあるのを見つけた。名月の行事は、白狼の言っていた『四季を感じる』ことにつながるだろう。
お腹も膨れない、性欲も満たされない。運命が変わるわけでもない。それなのに四季を感じる必要性はよくわからない。
ただ段々と田んぼだらけの道から建物が見えてきて、知らない風景になってきたのをぼんやりと見ていた。蘇芳たちが身を寄せていた小さな村とは違う。人の多さも木々よりも高いビルの山も、ただただ呆然と見て回るしかなかった。
「着きました」
環境省のビルの前で降りる。
すると時間をかけて通勤したのであろう白狼の後ろ姿が見えた。真面目な白狼は、車を手配してもらう選択肢は端からなかったようだ。尻尾を気にしつつ、ジグザグに人を避けて歩く。
眺めていると白狼が挨拶したのにも関わらず、警備員が怯えていたのを見て蘇芳はむっと不快感を顔に出した。
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