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第五章 お月見泥棒 六
ただ好きな相手の仕事場に行って、本人に会うだけでこんなに手続きが大変だと思わずしかめっ面になる。あたりを見渡せば、耳や尻尾のない人間が溢れかえるようにいて、ついきょろきょろと見てしまう。
(うーん。白狼に内緒で後をつけるつもりが……)
改めて自分が奇妙な存在なのだと知る。
「大和さんの上司に確認が取れました。手が離せないらしく、部署に直接伺ってください」
「はーい。どうもありがとう。これからも白狼をお願いします」
取り繕うような笑顔で手を振る。最初から最後まで視線が合わなかったのが気になるがもうどうでもいい。
白狼に会える。銀山での、子煩悩で世話焼きで、真面目で冗談が通じないいつでもまっすぐな彼。そんな彼の仕事中の顔が気になる、胸が高鳴るのだった。
***
Side:大和 白狼
受話器を置くと部長は回転いすを四回転し『わっお』とご機嫌に鳴いた。
「どなたから電話でした?」
「あー、大丈夫。資料がもうすぐこの部署に届くらしいから了承しただけ」
「そうですか」
急いで仕事場へ戻ってみれば部長は珍しい鳥を保護し、翼に包帯を巻いていた。助言を求めようとすれば電話がなる。上手くいかず、白狼も椅子に座った。
「人魚の末裔ねえ。人魚……。数年前にやってきたあの人魚のことかな」
「知ってるんですか?」
「うんうん。古く誠実で人望がある大和家とまた違った感じ。人魚の血を分けてあげることで外国の貴族の地位を築き、薄まりつつはあるものの血で魔法のように人を助けたり良い人だと聞いてたよ」
「良い人なんですか」
蘇芳の話を聞く限り、確かに悪くは言っていない。けれど、会いたくないと頑なに拒否していたように感じる。
「うん。人外が容姿や種族など気にされず人間に受け入れられる唯一の存在だからね」
「今、会えたりしますか?」
「うーん。どうだろう。でも会うのは止めた方がいいんじゃないかな」
椅子に乗り回りながら、漫然とした様子で言う。
「人魚はね、声が綺麗なんだ。あの声で君が丸め込まれそう」
「俺は、運命の人に出会って既に惑わされているのでこの究極の魔法の前で、誰かに丸め込まれたりしません」
「運命ねえ。なんか頑なすぎて呪いみたいだねえ」
部長に笑われたが、白狼は表情を変えなかった。白狼も運命ではなく、彼は呪われているようにも呪縛に諦めているようにも思えてたからだ。
「何か、俺に助言をいただけませんでしょうか」
くるくる椅子を回していた部長は止まると、両肘をついてわざとらしく首を傾げる。
「八百万の神と言っても、狐に惚れて人間にしてしまった話なんてそうそう聞かない」
わざとらしく大きく『極秘ファイル』と書かれた冊子を、自分のデスクから取り出す。
「そこに書かれているのですか。蘇芳さんたちを人間にしてしまった神ですっ」
「これはただの酒飲み友達リストだよ」
ケラケラとからかうように笑うので、せっかく隠していた尻尾が背中から飛び出し毛を逆立てている。
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