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第五章 お月見泥棒 七

「真面目に話しているので、冗談は言わないでください」 「冗談ではないよ。美味しいお酒さえあれば色んな知恵を分けてくれる気の良い方々ばかりだ」 開いたファイルは、きちんと整理された名刺が並んでいた 「変人ばかりで人間のふりをして普段は生活してる。私の名刺を持っていきなさい。きっと力になってくれる方々ばかりだ」 「部長。前言撤回させてください。本当に感謝します」 「ったく都合良いんだから」 ははは、と笑って寛大に許してくれた懐の大きいところも尊敬できる。 「さっそく近くにいる方がいたら、聞いてみます」 「えっとねえ、そんなことしなくても、まずはこの人がいい。紅妖狐のこと知ってたし。この方は銀山で偶に子どもが一緒に遊んでるはずだ」 名刺の一つを指さすと大和の山の近くに酒蔵を構えている三百年ほどの歴史ある酒造のようだった。 「こんな近くに……今すぐ行かねば」 「多分、子どもは名月の日に会いに来るんじゃないかな。山の住民は名月のお菓子が豪華だと言っていたし」  中秋の名月の行事は、大人たちも縁側にお団子やすすきを飾って豊作や収穫を神に感謝する。すすきは神の依り代だとも言われている。  黒山という神が降り立つ山が並んで存在しているせいで、近くの町や村よりも積極的に行事を盛り上げているのは確かかもしれない。 「神と人間の子は、宙ぶらりんな存在だからね。銀山みたいに誰にも平等に仲良くしてくれる貴重な場は好きなのかもしれないな」 勿体ぶって次から次へと情報を出す部長の方法に、いらいらしながらも素直に頷く。 「そうだ。重体の亀にもこのお酒はいいんじゃないかな。千年生きているならばきっと黒山に湧き出ている水で作るお酒は身体にいいよ」 「それは朗報です。ありがとうございます」  それは蘇芳さんにも伝えてあげなければいけない。  急に休んでしまい仕事の方は色々溜まってはいたが、猫田部長が部下と手分けして分担してくれていた。  無理をして来た方が、長く生きたゆえの知識に触れ、悩みに関する解決の糸口が見えてくる。  衰弱していた蘇芳を置いて出勤できなかたとはいえ、もう少しはやく相談すればよかった。 「そういえば蘇芳さんを人に変えた神は知らないが、昔から災いを全て見に受ける神もいたんだよ」

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