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第五章 お月見泥棒 八
くるくる椅子をまわしていた猫田部長は、机まで回転しながら戻ると引き出しを変えてチョコのお菓子を手に持つ。すると白狼を共犯にしようとチョコを渡してきた。
「あとは道俣神(ちまたのかみ)。これは有名かな。開囓神。禊っていって神様が穢れを払うために来ていた服を脱ぎ棄てるんだ。脱ぎ棄てられた穢れから神が生まれるとか」
「ふむ。黒山には人々にとって良い神も悪い神もいる。いろんな神が様々な方法で生まれるのは不思議ではない」
「じゃあ蘇芳さんの運命を操った神はどんな神なのだろう。穢れから生まれた悪しき神か。それとも悪と善も基準が自分の神か」
子を宿せば死ぬ。一見聞けば呪いのようにも呪縛された運命のようにも感じる。
が、雄で獣が、愛する人の子を宿すことができるようになる。その引き換えの運命ならばただの呪いだと判断するのも難しい。
何かを願う代償が重すぎるのではないか。
「あのう」
猫田部長の横におずおずと現れたのは、ホンドタヌキと人間のハーフ、本渡太一。
彼は九州部署からこちらに来たばかりで、変化が下手な獣人たちが人間と生活する際の手助け、変化のサポートが主な仕事。地方部署から来た優秀な部下だ。
「ん? どうしたんだい」
「とある外交官になりきって、来てるみたいですよ。人魚」
その言葉に目を見開く。
「九州部署の時にも、彼の保護の記録がありましたので。確か人魚の血を狙った輩から逃げて海に飛び込んだとかで」
「それって――」
「失礼しますよー」
緊迫した白狼のことなど露知らず、タイミング悪く蘇芳が部屋に入ってくる。これには白狼も動揺を隠せない様子だった。
蘇芳色のワンピースに、チェックのストール。大きなつばの帽子。
耳も尻尾も隠れてはいるが、大胆な登場に呆然と見る。
「君が、蘇芳さんかい。大和くんの直属の上司、猫田です」
「はい。白狼の婚約者です。いつも白狼がお世話になっております」
本渡がそそくさと自分のデスクへ逃げかえる。猫田部長は目を細め、まるで孫を見るように蘇芳を見ている。
「綺麗な人じゃないか。大和くんは幸せ者だねえ」
「ぜーんぜん。まだ僕の片思いなんです。あ、私の。キスぐらいしかしてくれな」
「わーっ。お願いだから静かにしてください」
立ち会った白狼が自分の席に蘇芳を座らせると、そのまま自分のデスクに押し込む。
頭を押さえ、現状整理をしようと蘇芳を見れば、彼は彼で目を輝かせている。
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