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第五章 お月見泥棒 九
「すごい。これがパソコン? ここが白狼がお仕事してる机? わああ、格好いい。すごーい。すごい」
恐る恐るマウスを触ると、液晶画面のカーソルが動き、それに興味津々だ。
「蘇芳さん……」
「うちの村、デンパが届かないからってケータイもなければ、テレビもなかったの。パソコンって兄たちに聞いただけで見たことなかったもん。触ってもいい?」
「触ってから言われても……大事な仕事のデータが入っているので駄目です」
「私のはいいよ、ほら」
猫田部長の方が大事なデータが入っているにもかかわらず、手招きするとチョコを食べさせながらパソコンを触らせている。
そして白狼に目配せして本渡の方を見た。彼には聞かないといけないことがある。
「すまない、本渡。先ほどの話なのだが」
「え、あ、はいっ」
「来ているのか?」
本渡は頷くと、蘇芳の方へ視線を向け、聞いていないのを確認すると声を潜めて白狼に近づく。
「先日、外交官として、別部署のお偉い方々と会食されていたんですが、先月まで療養として九州に滞在されていたんです」
先月まで九州で療養。珊瑚をどこに匿っていたのかは分からないが、時系列的には不自然ではない。
「それでも、彼に関するデータがどこにもありません。彼は海外の人物なので元々戸籍が違うせいでしょうか」
「そうかもしれないな」
蘇芳も戸籍自体存在していないとすれば、蘇芳の兄と結婚していたとしても提出もしていないだろう。
「その外交官は今どこにいて、何日滞在とか分かるか? それかどこを見れば分かるだろうか」
「そこなんですよね。昨日のスケジュールには載っていた会食も今日確認したら消えていました」
自分の痕跡を消しながら動いている。なかなか頭がきれる相手のようだ。
「僕が調べて――っとすみません。はい、人外交流課の本渡です。あ、木佐木さん、どうされました?」
話途中で電話が鳴り、電話に出る。少し怪訝そうに眉をしかめたので、只事ではなさそうだった。本渡がメモ帳に『この前、急に変化できるようになって保護している方です』と書いて片手で謝る。つまり今、一番サポートが必要な大事な相手のようだ。
外交官。英国の外交官と環境省が会食。人外交流課の猫田部長が知らないで、今日訪れた烏丸からは何も聞いていないとすれば、むこうは『外交官』として仕事をしているだけで、蘇芳や珊瑚について大和家に聞くわけではないのならば、探していないのかもしれない。
「はーくろうっ」
考え事をしていた白狼に抱き着く。すると、人外交流課で働く社員が慌てて視線を逸らしパソコンを見つめたり、ファイルを開いたり、珈琲のお代わりに消えた。
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