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第五章 お月見泥棒 十一
***
Side:末摘 蘇芳
蘇芳は不貞腐れたように唇を尖らせると、白狼の尻尾を引っ張った。
「君が僕のために行動してるのに、僕だけ家にいるのが嫌だっただけ。僕だけ何も知らないのも行動しないのも嫌だ」
「じゃあ一緒に行くと言ってくれたら良かったのに」
「白狼は、頑固ジジイみたいに頑なに反対してお留守番させてたよ。断言できる」
「しません」
「する。それに僕は君のこともっと知ろうって思って行動したのに、ひどい」
うるうると泣き出しそうな顔で、恨みがましく睨みつける。すると、のんびりと語尾を伸ばしながら笑う声に阻まれた。
「綺麗で可愛いだけじゃない。大和君を振り回すなんて、素敵な相手だねー」
「ふふ。ありがとうございます」
先ほどからたくさんの人間に会ってきたが、目の前のこの人物からは嫌な感じがしなかった。ねっとりした値踏みする眼差しや下卑た表情をする者たちと違う。本当に心から笑っている。
白狼には、ウソ泣きを咎められたが腕に抱き着いて甘えてみれば、それ以上は追及してこない。
「天真酒造ってところを訪ねてごらん。大和くんの山から下りてきた水と、その水で育った米からとても美味しい焼酎を作ってるんだよ。他には年に数本しか作らない銘柄もあるから」
「でも白狼はお仕事あるでしょ?」
自分が来たから仕事ができず帰るなんて申し訳がない。
「いいんだよー。帰るときも帽子とコートは大変でしょ。一緒に車に乗せてあげてください」
蘇芳は申し訳なさそうに白狼を見た。だが白狼はすでにそうするつもりだったようで、『ん?』と身支度をしながら蘇芳の顔を見た。
「人魚に神様、そして日本を統べる大和家。すごい大物ばかりでわくわくするねえ」
「そりゃあ生涯一人しか産めないからね。とっておきの血が欲しくなるんだよ」
「俺ではなく、血統ということですか」
(うわ、やばっ)
本人の前で墓穴を掘ってしまったが、見上げるとやはり傷ついた様子ではない。
「俺も結婚するなら、面倒を抱えていない嫁の方が周りは安心するかもしれない」
「白狼……っ 怒ったの?」
尻尾に抱き着いて顔を埋めながら焦りを誤魔化せない。ついそのまま聞いてしまった。
「怒ってない」
「でも、面倒な僕がお嫁さんは嫌って」
「面倒なことをすべて解決しておけばいいだけだ」
白狼が蘇芳の耳を隠す様に帽子を深くかぶり直させてくれた。
「俺は血統なんて全く気にならないと言った意味だった」
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