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第五章 お月見泥棒 十三
「……この話、前にしたっけ」
既視感。だが今は、イアフの顔が浮かんで頭が痛んだ。
「ああ。もう無駄だからするな。俺は抗う。絶対に覆す。大和家はそれを可能にした初めての種族だ。できる」
「ふうん。僕のためじゃなくて、種族のプライドか」
ちょうどエレベーターが一階に降り扉が開く。すると蘇芳が背中に抱きつく。
白狼は外見しか褒めない。子種が貰えるなら、見た目だけでも懐柔できたのならいいのか。
が、白狼のような人を疑わない男に見た目だけで騙すのは、面白いわけがない。
「僕たち、今注目浴びてるから尻尾隠せないでしょ。僕が抱き着いて隠してあげる」
「もっと目立つ気がするが……」
焦った白狼の声に蘇芳は心地よさを感じている。白狼が警護を使ったる素になったりと少しまとまらない感じが安心できた。
「で、僕のため? 大和家の意地?」
抱き着いたまま引きずられるように歩き出した蘇芳は、背中を指先で弄りながら試す様に言う。
「勿論、大和家の跡取りとして蘇芳さんのためにだ」
「……す」
遠巻きに様子を伺っていた職員たちのことも存分に意識しながら、蘇芳は背中からおぶさるように首に抱き着いた。
「好き――っ。白狼好き。優しい! 格好いい! 雄臭い!」
「蘇芳さんっ 離れてっ」
「今離れて困るのは、僕? 白狼?」
試す様に言われ白狼は周りの目からこれ以上見られないように、と言葉を飲み込んで首に蘇芳を絡めたまま出口へ向かう。受付の女性二人はもちろん、二階の窓からも覗いている様子がうかがえた。蘇芳は、得意顔で受付嬢と警備員を鼻で笑う。
(どうだ。白狼の良さが分かったか)
こんなに思い紅妖狐を背負ってくれている。全部背負うと、彼は頑張っている。
それを君たちは知らない。極上の男を知らない。見せつけながらも、蘇芳の目はそう言って、白狼を怖がっていた人間たちを嘲笑っていた。
「……あの車は何だ?」
だがその空気が一変する。抱き着いていた白狼の尾が突然逆立った。
立ち止まった白狼の大きな体で見えなかったので、必死で横に顔を動かし見る。
すると止めていた大和家の高級車の後方に、ほんの数センチしか車間距離がない車が止まっている。
「初めて見る。入口が多い車だね」
「リムジンだ。しかも番号からして、外国の大使や外交官だな」
銀色のリムジンから複数のSPが出てくる。警戒した大和家の護衛も二人、車から出る。
しかし好戦的な様子ではなく、車内の主にしか興味がない様子だった。
「は、白狼、早く車に入ろう」
背中を悪寒が走り抜ける。嫌な予感しかしない。何が起こっているのか、まだ信じられない。夢であってほしいと思いつつ、白狼にしがみついた。
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